高額療養費の時効期間起算日

① 私はX市で国民健康保険の事務を担当している者です。X市民で国民健康保険の被保険者であるAは、令和元年1月から3月まで入院しました。しかし、当時Aは収入がなく、入院代等の医療費に係る自己負担額を支払うことができませんでした。令和2年1月以降、Aは毎月少しずつ医療機関に支払いを行い、令和7年5月になって令和元年1月の医療費に係る自己負担額の支払いを終えました。令和7年6月になってAから当市に対して、令和元年1月の医療費に係る高額療養費の支給を受けたいという申し出がありました。当市はAに対して高額療養費を支給するべきでしょうか。国民健康保険法第110条第1項は保険給付請求権が2年で時効になる旨を規定していますが、時効期間の起算点はいつになるのでしょうか。
② ①の場合に、Aが今後、令和元年2月分及び3月分の医療費を支払った上で当市に対して高額療養費の支給を受けたいという申し出を行ってきた場合、当市はAに対して高額療養費を支給することができるのでしょうか。

(結論)
① 支払いから2年以内の医療費については高額療養費の支給をするべきと考えます。他方、申出時点で支払いの翌日から2年以上経過している医療費に係る高額療養費については、すでに消滅時効が完成しており、支給することはできないと考えます。
② ①と同様に、医療費の支払いから2年以内に申し出があった場合は高額療養費を支給し、2年以上経過したものについては支給できないと解するべきと考えます。

(理由)
1 高額療養費制度について
   高額療養費制度は、重い病気などで病院等に長期入院したり治療が長引いたりして医療費の自己負担額が著しく高額となった場合に家計の負担を軽減できるように、一定の金額(自己負担限度額)を超えた部分が払い戻されるものです。この制度においては原則として、被保険者が保険医療機関に対して一部負担金を支払ったという事実があってはじめて、高額療養費の請求をすることができることになっています(国民健康保険法第57条の2)。したがって、医療費の自己負担額が著しく高額になったとしても、被保険者がその一部負担金を保険医療機関に対して支払っていなければ、高額療養費の支給請求権は発生しません。

2 高額療養費支給請求権の時効
 ところで、国民健康保険法第110条第1項は、保険給付を受ける権利はこれを行使することができるときから2年を経過したときは時効によって消滅するという規定を置いています。したがって、高額療養費の支給を受ける権利についても、その給付を受ける権利を行使することができるときから2年が経過したときは、時効によって消滅します。
 それでは、権利を「行使することができるとき」とは、いつのことをいうのでしょうか。被保険者が高額療養費の支給を受ける権利の時効の起算日について、国は、原則として診療月の翌月1日となるが、一部負担金を診療月の翌月以後に支払ったときは、支払った翌日になるという見解を示しています。これは、被保険者が保険医療機関に対して一部負担金を支払ったという事実があってはじめて高額療養費の支給を求めることができるという高額療養費制度の実態に沿う考え方です。  被保険者が保険医療機関に対する一部負担金を分割して納付している場合はどうでしょうか。高額療養費は、「支払われた一部負担金の額…が著しく高額であるとき」に支給されるものであることに鑑みると(国民健康保険法第57条の2)、分割して納付している場合には、その合計額が自己負担限度額を超えた時点で、超えた分の支給を求めることができるという取扱いをするべきと考えられます。
 したがって、この場合は、被保険者が自己負担限度額を超えた金額を保険医療機関に対して支払った翌日から、支払った分の時効が進行すると考えられます。

3 時効の援用の要否
高額療養費の支給を受けたいという申し出が時効完成後にあった場合、自治体が任意に支払うことはできるのでしょうか。保険給付請求権が公法上の債権であれば、時効については「法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができない」こととなり(地方自治法第236条第2項)、国民健康保険法には時効の援用等に関して特別の定めはありませんから、消滅時効期間が経過すれば、当然に保険給付請求権が消滅することになります。そして、国民健康保険法第79条の2が、市町村が徴収する保険料は地方税法の例によることができる歳入と規定していること、保険者と被保険者は契約のような対等な当事者関係ではないことなどを踏まえると、保険給付請求権は公法上の債権であると考えられます。したがって、2年の時効期間が経過した場合は自動的に債権が消滅し、自治体が任意に支払うことはできません。

4 まとめ
 以上を踏まえると、ご質問のケースにおいては、自己負担限度額を超えた支払いが行われてから2年以内に高額療養費の支給を受けたいという申し出が行われた場合、超えた各支払いに対する高額療養費を支給するべきと考えます。
 他方、申し出が行われたのが支払いの翌日から2年以上経っている場合には、時効が完成しているため、高額療養費の支給を行うことはできないと考えます。