国家賠償法に基づく職員に対する求償額
当市の職員が、職務遂行中、第三者(被害者)に対してわいせつな行為を行い、不同意わいせつ罪として逮捕・起訴され、処罰を受けました。なお、当該職員は、懲戒免職となっています。
被害者からは、当市に対して、国家賠償法(以下「法」といいます。)第1条第1項に基づき、慰謝料等の損害賠償請求がされました。当市は、弁護士を代理人として賠償額について交渉し、議会の議決を経て被害者と示談し、賠償金を支払いました。
当市としては、当該元職員に対して、法第1条第2項に基づき賠償金について求償しようと考えています。当市では、職員に対してはコンプライアンス研修を行い、個人的な悩みについては上司等が積極的に個別面談を行うなどしており、当市に前記事件の発生について落ち度はないと考えていますが、当市が支払った賠償金全額を当該職員に求償しても問題ないでしょうか。
(結論)
お尋ねの内容に示された事情の限りでは、賠償金全額を求償しても差し支えないと考えます。
(理由)
1 職員に対する求償権
法は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」(第1条第1項)、「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」(同条第2項)とし、国又は公共団体からの公務員に対する求償について規定しています。ここで求償ができる場合を故意・重過失に限定したのは、軽過失についてまで求償を受けるとすると、公務員の職務遂行が萎縮し、職務執行の停廃をもたらすおそれを避けるための政策的配慮によるものです。
ただ、公務員に対する国・公共団体の求償権は、実際にはほとんど行使されていないと言われており、違法行為の抑止・被害者の報復感情の満足、また客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず、原則としてその行使・不行使について裁量がないこと(最判平成16年4月23日・民集58巻4号892頁参照)等から問題が指摘されています(参考文献①(西上治執筆部分)175頁)。
2 求償権の範囲
求償権の範囲については、国・公共団体が被害者に対して現実に支払った賠償額とこれに対する支払日以降の法定利息とされます。なお、被害者から提起された国家賠償請求訴訟に係る訴訟費用・弁護士費用は、求償権の範囲に含まれないと解されています(別途、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償責任を追及することは可能です)。
3 求償権の行使の制限
求償権の行使が制限される場合としては、大別して、①過失相殺・損益相殺と②信義則による制限があります(参考文献①(同)171頁)。
過失相殺・損益相殺について、学説においては民法の過失相殺の準用又は類推が認められると解されており、裁判例においても、これを認めたものがあります(過失相殺の法理を類推し、職員に対する指導、教育が足りず、対応方針が徹底していなかったことにより求償の範囲を8割とした浦和地判平成8年6月24日・判時1600号122頁、損益相殺を認めたものとして大分地判平成28年12月22日・判例自治434号66頁)。
信義則による制限としては、法第1条第1項に基づき賠償責任を負う国・公共団体は、信義則上相当と認められる限度においてのみ求償権を認められるべきであるとする裁判例があります(前掲大分地判)。同裁判例は、「公務の遂行を通じて公権力の行使という行政目的を達していることなどに照らせば、生じた損害の全額を直ちに求償できることにはならず、その公務の性格、規模、施設の状況、当該公務員の業務の内容、勤務条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分配についての国又は公共団体の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ、当該公務員に対し求償の請求をすることができるものと解するのが相当である。」と判示し、県の実質負担額の2分の1の限度に求償を制限しています。また、最高裁(最二小判平成29年9月15日集民256号77頁)も、信義則による求償権の範囲の制限を認めたものと解されています(参考文献②1039頁)。
4 事案の検討
お尋ねの事案では、当該職員が行ったわいせつ行為について故意が認められる一方、地方公共団体はコンプライアンス研修や個別面談の実施により、かかる事故の未然防止に努めていたといえます。また、被害者に対する賠償についても、代理人弁護士を通じて交渉しており、適正妥当な額を賠償したことがうかがわれます。
さらに前掲大分地判が示した考慮すべき事情を検討する必要はありますが、お尋ねの内容に示された限りでは、過失相殺又は信義則により求償権を制限されると判断する必要はなく、当該元職員に対しては、賠償額全額に法定利息を加えて請求して差し支えないでしょう。
〈参考文献〉
①宇賀克也・小幡純子編著『条解国家賠償法』(2019年・弘文堂)
②西埜章著『国家賠償法コンメンタール 第4版』(2025年・勁草書房)
③須藤典明・深見敏正編著『最新裁判実務体系 第13 巻 損害賠償法Ⅱ―医療・国家賠償・地方自治―』(2025年・青林書院)
お尋ねの内容に示された事情の限りでは、賠償金全額を求償しても差し支えないと考えます。
(理由)
1 職員に対する求償権
法は、「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」(第1条第1項)、「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」(同条第2項)とし、国又は公共団体からの公務員に対する求償について規定しています。ここで求償ができる場合を故意・重過失に限定したのは、軽過失についてまで求償を受けるとすると、公務員の職務遂行が萎縮し、職務執行の停廃をもたらすおそれを避けるための政策的配慮によるものです。
ただ、公務員に対する国・公共団体の求償権は、実際にはほとんど行使されていないと言われており、違法行為の抑止・被害者の報復感情の満足、また客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず、原則としてその行使・不行使について裁量がないこと(最判平成16年4月23日・民集58巻4号892頁参照)等から問題が指摘されています(参考文献①(西上治執筆部分)175頁)。
2 求償権の範囲
求償権の範囲については、国・公共団体が被害者に対して現実に支払った賠償額とこれに対する支払日以降の法定利息とされます。なお、被害者から提起された国家賠償請求訴訟に係る訴訟費用・弁護士費用は、求償権の範囲に含まれないと解されています(別途、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償責任を追及することは可能です)。
3 求償権の行使の制限
求償権の行使が制限される場合としては、大別して、①過失相殺・損益相殺と②信義則による制限があります(参考文献①(同)171頁)。
過失相殺・損益相殺について、学説においては民法の過失相殺の準用又は類推が認められると解されており、裁判例においても、これを認めたものがあります(過失相殺の法理を類推し、職員に対する指導、教育が足りず、対応方針が徹底していなかったことにより求償の範囲を8割とした浦和地判平成8年6月24日・判時1600号122頁、損益相殺を認めたものとして大分地判平成28年12月22日・判例自治434号66頁)。
信義則による制限としては、法第1条第1項に基づき賠償責任を負う国・公共団体は、信義則上相当と認められる限度においてのみ求償権を認められるべきであるとする裁判例があります(前掲大分地判)。同裁判例は、「公務の遂行を通じて公権力の行使という行政目的を達していることなどに照らせば、生じた損害の全額を直ちに求償できることにはならず、その公務の性格、規模、施設の状況、当該公務員の業務の内容、勤務条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分配についての国又は公共団体の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ、当該公務員に対し求償の請求をすることができるものと解するのが相当である。」と判示し、県の実質負担額の2分の1の限度に求償を制限しています。また、最高裁(最二小判平成29年9月15日集民256号77頁)も、信義則による求償権の範囲の制限を認めたものと解されています(参考文献②1039頁)。
4 事案の検討
お尋ねの事案では、当該職員が行ったわいせつ行為について故意が認められる一方、地方公共団体はコンプライアンス研修や個別面談の実施により、かかる事故の未然防止に努めていたといえます。また、被害者に対する賠償についても、代理人弁護士を通じて交渉しており、適正妥当な額を賠償したことがうかがわれます。
さらに前掲大分地判が示した考慮すべき事情を検討する必要はありますが、お尋ねの内容に示された限りでは、過失相殺又は信義則により求償権を制限されると判断する必要はなく、当該元職員に対しては、賠償額全額に法定利息を加えて請求して差し支えないでしょう。
〈参考文献〉
①宇賀克也・小幡純子編著『条解国家賠償法』(2019年・弘文堂)
②西埜章著『国家賠償法コンメンタール 第4版』(2025年・勁草書房)
③須藤典明・深見敏正編著『最新裁判実務体系 第13 巻 損害賠償法Ⅱ―医療・国家賠償・地方自治―』(2025年・青林書院)
