ごみ屋敷に関する条例
(令和6年12月1日更新)
【はじめに】
〇 ごみ屋敷問題の状況とそれに対する自治体の対応状況等については、「自治体による「ごみ屋敷」対策-福祉と法務からのアプローチ-」(日本都市センター 平成31年3月)が詳しい。特に、同報告書第5章「条例によるごみ屋敷対応をめぐる法的課題」(上智大学法学部教授北村喜宣)は、22のゴミ屋敷条例について、条例の分析を詳細に行うとともに論点を具体的に提示している。また、第6章「足立区の『ごみ屋敷』」対策」(足立区環境部生活環境保全課長祖傳和美)と第7章「京都市の『ごみ屋敷』対策」(京都市保健福祉局保健福祉部保健福祉総務課担当係長木本悟)は、足立区と京都市のごみ屋敷対策を紹介し、第8章「 いわゆる『ごみ屋敷条例』の制定自治体の取組み-世田谷区・横浜市・豊田市・大阪市・神戸市へのヒアリング調査をもとに-」(日本都市センター研究員釼持麻衣)は、世田谷区、横浜市、豊田市、大阪市及び神戸市の条例の内容と運用状況を紹介している。
また、板垣勝彦「『ごみ屋敷条例』に学ぶ条例づくり教室」(ぎょうせい 平成29年8月)は、ごみ屋敷条例、特に京都市の条例を取り上げて、条例をつくる際のポイントをわかりやすく解説している。さらに、宇那木正寛「ごみ屋敷対策条例①」、「ごみ屋敷対策条例②」、「ごみ屋敷対策条例③」、「ごみ屋敷対策条例④」及び「ごみ屋敷対策条例⑤」(自治体法務研究「自治体職員のための政策法務入門」2020年夏号、秋号及び冬号、2021年春号及び夏号)は、足立区、京都市、世田谷区、横浜市及び横須賀市の条例について解説し、これらの条例を比較するとともに、これらの条例の課題を指摘している。
本稿は、これらの記述を参考にしている。ごみ屋敷条例に関しては、これらの報告書や著書を参照されたい。
〇 環境省環境再生・資源循環局廃棄物適正処理推進課「平成29年度「ごみ屋敷」に関する調査報告書(平成30年3月)」及び「令和4年度「ごみ屋敷」に関する調査報告書(令和5年3月)」は、ごみ屋敷問題に関して、条例制定状況等全国市町村へのアンケート調査結果を取りまとめている。
〇 総務省行政評価局「「ごみ屋敷」対策に関する調査 結果報告書(令和6年8月)」は、調査対象30市区が把握している「ごみ屋敷」事案(解消62・未解消119の計181事例)を整理することにより、「ごみ屋敷」事案の実態や、市区町村の対応状況、課題等を明らかにしている。
【条例制定状況】
〇 日本都市センター報告書は、ごみ屋敷条例として、22市区町村の22条例を掲載している(125頁)。これは「日本都市センターが2018年(平成30年)12月末までに収集した限りでは、いわゆる『ごみ屋敷条例』、あるいは『ごみ屋敷』をその対象に含める空き家条例を制定した市および特別区は、22ある。」(182頁)としていることに基づくものである。
都市センター報告書が対象とする「ごみ屋敷条例」及び「『ごみ屋敷』をその対象に含める空き家条例」の定義は定かではないが、「ごみ屋敷条例」とは「ごみ屋敷問題への対処に特化した条例」、「『ごみ屋敷』をその対象に含める空き家条例」は空き家条例のうち「居住等使用がされているごみ屋敷を条例に基づく措置の対象に含んでいる」ものを意味する(釼持麻衣「いわゆる「ごみ屋敷」への法的対応の可能性ー現行法に基づく対処と拡がる独自条例の制定ー」(都市とガバナンス27号(平成29年3月))151頁、152頁参照)ものと考えられる。
都市センター報告書は、こうした観点から、生活環境条例や環境美化条例において何らかの形でごみ屋敷に対応することができるとする規定を有するものや空き家条例で空き家のみを対象としているものは、対象としていない。
〇 他方、環境省報告書は、「ごみ屋敷に対応することを目的とした条例等」として、平成29年度報告書は82市区町村の条例等(その一覧表は11頁~14頁)を、令和4年度報告書は101市区町村の条例等(その一覧表は25頁~32頁)を掲載している。
「ごみ屋敷に対応することを目的とした条例等」とは何かは定かではないが、条例のほか要綱等も含まれ、また、生活環境条例や環境美化条例において各市区町村が何らかの形でごみ屋敷に対応することができるとする規定を有するものと判断するものや空き家条例で空き家のみを対象としているものも含まれている。
〇 本稿では、日本都市センター報告書で掲載された22条例と平成30年12月以降制定に制定された「ごみ屋敷問題への対処に特化した条例」と考えることができる9条例(令和6年11月1日時点で確認できるもの)を紹介することとする。以下の条例である。
東京都荒川区 | 平成20年12月7日公布 | 平成21年4月1日施行 |
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東京都足立区 | 平成24年10月25日公布 | 平成25年1月1日施行 |
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東京都新宿区 | 平成25年6月19日公布 | 平成25年10月1日施行 |
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大阪市 | 平成25年12月2日公布 | 平成26年3月1日施行 |
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東京都豊島区 | 平成26年3月25日公布 | 平成26年7月1日施行 |
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京都市 | 平成26年11月11日公布 | 平成26年11月11日施行 (一部、平成27年1月1日施行) |
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東京都品川区 | 平成26年11月25日公布 | 平成27年4月1日施行 |
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福島県郡山市 | 平成27年10月7日公布 | 平成27年12月1日施行 |
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東京都世田谷区 | 平成28年3月8日公布 | 平成28年4月1日施行 |
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愛知県豊田市 | 平成28年3月30日公布 | 平成28年7月1日施行 |
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埼玉県八潮市 | 平成28年6月20日公布 | 平成28年6月20日施行 (一部、平成28年10月1日施行) |
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神戸市 | 平成28年6月29日公布 | 平成28年8月1日施行 (一部、平成28年10月1日施行) |
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埼玉県草加市 | 平成28年9月21日公布 | 平成29年4月1日施行 |
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横浜市 | 平成28年6月26日公布 | 平成28年12月1日施行 |
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秋田県秋田市 | 平成28年9月28日公布 | 平成29年4月1日施行 |
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静岡県袋井市 | 平成29年3月31日公布 | 平成29年4月1日施行 |
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東京都中野区 | 平成29年6月21日公布 | 平成29年6月21日施行 (一部、平成29年9月1日施行) |
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東京都練馬区 | 平成29年7月10日公布 | 平成29年7月10日施行 (一部、平成29年10月1日施行) |
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神奈川県横須賀市 | 平成29年12月5日公布 | 平成30年4月1日施行 |
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名古屋市 | 平成29年12月19日公布 | 平成30年4月1日施行 |
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愛知県蒲郡市 | 平成30年3月22日公布 | 平成30年7月1日施行 |
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神奈川県鎌倉市 | 平成30年3月29日公布 | 平成30年4月1日施行 |
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東京都八王子市 | 平成31年3月27日公布 | 平成31年4月1日施行 (一部、令和元年7月1日施行) |
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愛知県豊橋市 | 令和元年9月30日公布 | 令和2年4月1日施行 |
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栃木県佐野市 | の保全に関する条例 |
令和2年3月24日公布 | 令和2年7月1日施行 |
埼玉県三芳町 | 令和2年3月26日公布 | 令和2年7月1日施行 |
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大阪府泉佐野市 | 令和3年12月22日公布 | 令和4年4月1日施行 |
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長野県朝日村 | の解消に関する条例 |
令和4年8月1日公布 | 令和4年8月1日施行 |
静岡市 | 及び措置に関する条例の制定 |
令和4年12月16日公布 | 令和5年4月1日施行 |
三重県松阪市 | に関する条例 |
令和4年12月22日公布 | 令和5年4月1日施行 |
浜松市 | な生活環境の発生の防止及び解消のための 支援その他の対策に関する条例 |
令和5年6月26日公布 | 令和5年7月1日施行 (一部、令和5年10月1日施行) |
【条例内容の概略】
〇 「ごみ屋敷」の定義
条例名や条例本文で、「ごみ屋敷」という用語を使ったものはない。「ごみ」や「屋敷」という用語も使われていない。「ごみ屋敷」という物理的な建築物等ではなく、多くの条例では、建築物等(敷地を含む)の「不良な生活環境」や「不良な状態」という概念で整理している。
例えば、京都市条例は、「不良な生活環境」を「建築物等における物の堆積又は放置,多数の動物の飼育,これらへの給餌又は給水,雑草の繁茂等により,当該建築物等における生活環境又はその周囲の生活環境が衛生上,防災上又は防犯上支障が生じる程度に不良な状態」(2条2項)と定義づけ、また、横浜市条例は、「不良な生活環境」を「物の堆積等に起因する害虫、ねずみ又は悪臭の発生、火災の発生又は物の崩落のおそれその他これらに準ずる影響により、当該物の堆積等がされた建築物等又はその近隣における生活環境が損なわれている状態」(2条2項)と定義づけている。
なお、以上の条例のうち早い時期に制定された足立区条例は、「不良な状態」を「適正な管理がされていない廃棄物・・・により、・・建築物の周辺住民の健康を害し、生活環境に著しい障害を及ぼし、又はそのおそれがある状態」(2条3号)と定義づけている。足立区条例が「廃棄物」という概念を使っているのに対して、京都市条例や横浜市条例は「堆積」という概念を使っているが、これについては「ごみ屋敷条例において『廃棄物』概念を用いると、住人から『俺の大切な財物であり、これらは廃棄物ではない』と主張されたとき、扱いに困るというわけです。・・・・こうした足立区の経験をふまえて、後発自治体のごみ屋敷条例では、『廃棄物』という概念を避けたとのことです」(上記板垣著書61頁)とされている。
三芳町条例は、「特定居住物件等」という建築物に着目した概念を設け、「管理不全な状態であると認められる建築物等(三芳町空家等の適正管理に関する条例(・・・)第2条第1号に規定する空家等(以下「空家等」という。)を除く。)」(2条3号)と定義づけ、町長による認定に関する規定(9条)を置いている。
〇 支援―福祉的アプローチー
京都市条例は、第2章を「不良な生活環境を解消するための支援」とし、第3章を「不良な生活環境を解消するための措置」としており、「不良な生活環境を解消」するために、「支援」と「措置」という2つの取組を行うこととしている。「支援」として、「要支援者が抱える生活上の諸課題を解決するための取組」も含めて、要支援者又は自治組織に対して、相談や情報の提供を行う(8条1項及び2項)とともに、「要支援者の意思に従いつつ,必要に応じて自治組織及び関係する行政機関その他の関係者と協力して,不良な生活環境を解消するための支援を行わなければならない」(9条1項)こととし、「措置」として、「指導及び勧告」(11条)、「命令,公表等」(代執行を含む。12条)、「緊急安全措置」(13条)等を行うとしている。そのうえで、「要支援者の不良な生活環境を解消するための取組は,・・・支援を基本とし,・・・措置とを適切に組み合わせて行われなければならない」(10条)としている。なお、「要支援者」とは、「疾病,障害その他の理由により不良な生活環境の解消を自ら行うことができない市民であって,その状態を解消するための支援を要するもの」(2条3号)としている。
このことについては、「ごみ屋敷については、行政が一生懸命室内に異常に堆積したごみを収去したところで、住民が再びごみを運び込めば、いつ何時、ごみ屋敷が復活してもおかしくはありません。対処療法的にひとまずごみを収去しても、根本的な解決にはならないわけです。となると、ごみ屋敷の形成・放置という問題を根本から絶つためには、強制的なごみの収去ではなく、住人のケアこそ最大の関心事であるということになります。ごみ屋敷の問題の解決にとっては、福祉的な視点からの検討がカギとなるのです。」(上記板垣著書44、45頁)とされている。
京都市条例のように、「支援」の取組を重視するものとして、豊田市条例、横浜市条例、鎌倉市条例、静岡市条例、松阪市条例、浜松市条例等があるが、他のほとんどの条例も、何らかの形で「支援」の規定を置いている。
〇 指導、勧告、命令及び代執行
行政がごみ屋敷に対して「措置」を行う手法として、ほとんどの条例が、助言・指導、勧告、命令及び代執行という手続きを規定している。
例えば、横浜市条例は、市長は、①支援によって建築物等における不良な生活環境を解消することが困難であると認める場合は、堆積者(物の堆積等をすることにより建築物等における不良な生活環境を生じさせている者(2条3号)。堆積者を確知することができない場合は、所有者)に対し、必要な「指導」をすることができる(7条1項)、②指導を行ったにもかかわらず、なお建築物等における不良な生活環境が解消されない場合は、堆積者に対し、堆積物の適切な処分その他の当該不良な生活環境を解消するための措置(解消措置)を行うよう、「勧告」することができる(7条2項)、③勧告を行ったにもかかわらず、なお建築物等における不良な生活環境が解消されない場合であって、当該物の堆積等がされた建築物等の近隣における生活環境が著しく損なわれている状態にあると認めるときは、当該堆積者に対し、期限を定めて、解消措置を行うよう、「命令」することができる(8条1項)、④命令を受けた者が、正当な理由がなくて同項の期限までに当該命令に係る解消措置を講じない場合は、行政代執行法の規定により「行政代執行」を行うことができる(9条1項)旨、それぞれ規定している。なお、命令及び代執行を行う場合は、あらかじめ、審議会の意見を聴かなればならないとしている。
なお、世田谷区条例は、指導及び勧告の規定は置いているが、命令及び代執行の規定は置いていない。一方で、同条例は、「区長は、・・・勧告を受けた居住者等が相当の期間内に同項の必要な措置を講じないとき又は居住者等にやむを得ない事情があるときは、その者に代わり、民法・・・その他の法令に照らして適切な範囲内において必要な措置を講じるものとする」(10条1項)としている。
また、多くの条例では、命令に従わない場合、氏名等を公表する旨の規定を置いているが、大阪市、世田谷区、八潮市、横浜市、練馬区、名古屋市、鎌倉市、八王寺市、中野区、三芳町、泉佐野市、朝日村、静岡市、松阪市及び浜松市の条例は、公表の規定は置かず、草加市条例は、立入調査を拒否した場合等に公表する旨の規定を置いている。
〇 即時執行
即時執行の規定を置いている条例は、少なくない。
例えば、名古屋市条例では、「市長は、建物等における堆積物が人の生命、身体又は財産に重大な危害を及ぼし、又は及ぼすおそれがある場合において、当該危害の発生を防止するために緊急の必要があると認めるときは、必要な最小限度の措置を講ずることができる。」(11条1項)としている。
なお、用語としては、「緊急安全措置」(豊島区、京都市、豊田市、八潮市、秋田市、中野区、蒲郡市、豊橋市、佐野市及び三芳町)、「緊急措置」(八王子市、泉佐野市及び朝日村)、「応急措置」(練馬区及び名古屋市)及び「応急的危険回避措置」(神戸市)となっている。
〇 罰則
命令違反や立入調査拒否などに対して、罰則規定を置くかどうかは、対応が分かれている。
足立区、新宿区、大阪市、豊島区、品川区、世田谷区、八潮市、草加市、横浜市、秋田市、練馬区、横須賀市、鎌倉市、三芳町、泉佐野市、朝日村及び松阪市の条例は、罰則規定を置いていない。
一方で、京都市、豊田市、中野区、名古屋市、蒲郡市、八王子市、豊橋市、佐野市及び浜松市の条例は「命令違反の場合5万円以下の過料、立入調査拒否等の場合3万円以下の過料」、荒川区条例は「命令違反の場合5万円以下の過料、立入調査拒否等の場合10万円以下の過料」、神戸市及び静岡市の条例は「命令違反の場合5万円以下の過料、立入調査拒否等の場合5万円以下の過料」、郡山市及び袋井市の条例は「立入調査拒否等の場合3万円以下の過料」に処するとしている。
〇 各条例の内容、比較、論点、課題等については、詳しくは、上記日本都市センター報告書第5章「条例によるごみ屋敷対応をめぐる法的課題」(上智大学法学部教授北村喜宣)を参照されたい。
また、大阪市条例については自治体法務研究2016年春号CLOSEUP先進・ユニーク条例「大阪市住居における物品の堆積等による不良な状態の適正化に関する条例」を、静岡市条例については自治体法務研究2023年夏号条例制定の事例CASESTUDY「静岡市不良な生活環境を解消するための支援及び措置に関する条例」参照のこと。