遺留金取扱条例

(令和5年12月14日更新)

【神戸市の条例】

〇 神戸市が、平成30年3月に、

神戸市

神戸市遺留金取扱条例

平成30年3月30日公布

平成30年4月1日施行

を制定した。同様の内容を持つ条例は、これまでない。

〇 条例は、目的(1条)、定義(2条)、遺留金の保管(3条)、調査等(4条)、費用(5条)、残余遺留金の引取りの申出(6条)、検察官に対する通知(7条)及び施行細目の委任(8条)の8条から構成される。

〇 「遺留金」を「行旅病人及行旅死亡人取扱法(明治32年法律第93号。以下「法」という。)第1条第1項に規定する行旅死亡人(以下単に「行旅死亡人」という。)その他死体の埋葬又は火葬を行う者がない者又は判明しない者であって,相続人のあることが明らかでないもの(以下「身寄りなき死亡者」という。)が遺留した金銭」(2条)と定義づけたうえで、「遺留金の適正な取扱いに関し必要な事項を定めること」(1条)を条例の目的としている。

〇 本条例は、一見すると、極めて事務的な内容の条例のように思えるが、久元喜造神戸市長は、自らのブログ(平成30年1月25日)「身寄りのない方が遺されたお金は・・・」において、その条例制定の意図を語っている。少し長くなるが、引用する。

 「ひとり暮らしのお年寄りが増える中、ひっそりと亡くなる方が増えています。まったく身寄りのない方、親族などと連絡がとれない方のほか、実のお子さんがおられても『いっさい関わりたくない』と連絡すら拒まれるケースもあります。このような場合、葬祭を行うのは、自治体です。
 行旅病人及行旅死亡人取扱法、墓地・埋葬等に関する法律の規定に基づき、自治体が埋火葬を行いますが、その費用は、故人が持っておられた現金、遺留金を充て、不足するときは自治体が負担します。残された遺留金は、相続人に引き渡さなければなりません。
 民法の規定によれば、引き取り手が不在である場合は、家庭裁判所に相続財産管理人の選任申し立てを行います。しかしながら、申し立ての際に求められる予納金は、家庭裁判所により、30万円や50万円、ときには100万円にもなり、遺留金が不足する場合には、相続財産管理人の選任申し立てを行うことが困難です。このような場合には、少額の遺留金が自治体に残されます。遺留金は、神戸市には所有権がありませんから、本来持っていてはいけないお金なのですが、現実には、何の法的根拠がないまま増え続け、神戸市の場合、平成29年3月末現在で4600万円余りとなっています。
 指定都市市長会では、遺留金を保管する根拠法を制定し、各自治体の実情に応じて有効に活用できる仕組みづくりを国に提言していますが、実現に至っていません。そこで、神戸市では、全国では初めて、遺留金の取扱いに関する条例の制定を検討しています。家族のありようが変容しているのに、制度が現状に追い付いていない中、自治体の模索が続きます。」

 なお、本条例の制定の背景、内容等については、自治体法務研究2018年秋号CLOSEUP先進・ユニーク条例「神戸市遺留金取扱条例」を参照されたい。

〇 条例のポイントの一つめは、これまで市町村において法令の根拠なく保管してきた遺留金について、歳入歳出外現金(地方自治法第235条の4第3項)として保管するとして、条例に自治体による保管の根拠規定を置いた(3条)ことである。

 市町村が身寄りなき死亡者の遺留金を保管せざるを得ない理由、背景は、概ね以下のとおりである。

① 身寄りがない者が死亡し、相続人や親族、遺言執行者など葬祭を行う者が明らかにならなかった場合は、行旅病人及行旅死亡人取扱法 7条、墓地、埋葬等に関する法律9条1項、生活保護法18条のそれぞれの規定により、市町村が埋火葬を行う。

② 身寄りなき死亡者が所持していた現金は、埋火葬に要した費用に充て、それでも残った場合、残る現金が遺留金となる。

③ この遺留金について、まず、市町村が相続人調査を行い、相続人に引き渡す。

④ 引き渡しができない場合や相続人が判明しない場合は、市町村が家庭裁判所に相続財産管理人の選任申し立てを行うが、その際、予納金が必要となる。

⑤ 遺留金が予納金に満たないときは、相続財産管理人選任することができず、遺留金がそのまま残ることとなり、市町村が保管せざるを得ない。

⑥ 行旅死亡人については行旅病人及行旅死亡人取扱法12条で保管の根拠が定められているが、 墓地、埋葬等に関する法律及び生活保護法については特段の定めがない。

⑦ したがって、行旅死亡人の場合を除き身寄りなき死亡者の遺留金を、市町村が法令の根拠なく保管せざるを得なかった。

〇 条例のポイントの二つめは、市町村が保管する遺留金について、その所有権は当該市町村にはないものの、相続人等の調査費用に充てることができる旨、条例で明記した(5条)ことである。

 埋火葬に要する費用を遺留金から充てることについては、行旅病人及行旅死亡人取扱法11条、墓地、埋葬等に関する法律9条2項、生活保護法76条などで定められているが、調査費用については、特段の規定はない。しかし、相続人調査には、手間と時間を要し、市町村職員の大きな負担となっている。そこで、こうした調査費用を遺留金の中から支出することができるようにしたものである。

 なお、神戸市遺留金取扱条例施行規則5条は、調査費用の算定項目を、①戸籍謄本の交付を受けるのに要した費用、②通信費、③相続財産の管理人の選任に要した費用、④相続人調査に要する人件費として市長が別に定める額、⑤その他これに類するものとして告示に定める費用、としている。

〇 指定都市市長会は、「身寄りのない独居死亡人の遺留金の取り扱いに関する指定都市市長会要請」(平成29年5月23日自治体)において、以下の3点を国に要請している。

① 指定都市をはじめとする地方自治体の意見を十分聞きながら、独居死亡人の遺留金の取り扱いに関する根拠法を国の責任において早急に整備すること。

② その際、独居死亡人に関する対応は、すべて地方自治体の事務として行っていることに鑑み、遺留金は国ではなく地方自治体に帰属させること。

③ その実現までの間、独居死亡人の葬祭や遺留金の処理に要する費用のうち、地方自治体の負担部分については、全額を国庫負担とすること。

〇 本条例の制定により、遺留金の保管について条例上の根拠ができたこと及び相続人の調査費用に充てることができるとしたことは、大きな意義は有するものの、市町村において遺留金を保管せざるを得ないこと、身寄りなき死亡者の相続人調査には市町村にとって多大な労力を要すること、遺留金の使途は限定的であり市町村として有効に活用できないことには、変わりはない。

 本条例の制定には、遺留金問題を市民に明らかにするとともに、国に対して問題の所在の理解と法制上の解決を求めるという、神戸市としての意図が込められていたのではないか、そう思えてならない。

 

【遺留金問題に関する国の動向】

〇 総務省行政評価局は、令和2年3月、「遺品整理のサービスをめぐる現状に関する調査結果報告書」及び「地方公共団体における遺品の管理に関する事例等(遺品整理のサービスをめぐる現状に関する調査結果報告書別冊)」を取りまとめ、公表した。

 この報告書に係る調査により、市区町村が埋火葬を行う者がいない又は判明しない死亡人の埋火葬後に残った遺留金等の処理や保管に苦慮していることが把握できたとされている。

〇 また、地方分権改革に関する提案募集に対し、一部の自治体から遺留金等に関する事務について提案が行われたことを踏まえ、「令和2年の地方からの提案等に関する対応方針」(令和2年12月18日閣議決定)において、「市町村(特別区を含む。(中略))が保管する遺留金銭等の取扱いについては、(中略)市町村が、相続財産管理制度(民法952条)又は弁済供託制度(民法494条)を活用して遺留金銭等を処理するための必要な手続等について整理した手引を作成し、地方公共団体に令和2年度中に通知する。」、「市町村長(特別区の長を含む。)が行う火葬等に要した費用を遺留金銭等により充当する事務(墓地、埋葬等に関する法律9条2項及び行旅病人及行旅死亡人取扱法11条から15条)については、預貯金も遺留金銭に含まれることを明確化し、地方公共団体及び各金融機関に令和2年度中に通知する。」、「市町村長(特別区の長を含む。)が行う火葬等に要した費用を遺留金銭等により充当する事務(墓地、埋葬等に関する法律9条2項及び行旅病人及行旅死亡人取扱法11条から15条)については、地方公共団体が円滑に執行することができるよう、相続人調査等のための留意事項等について整理した手引を作成し、地方公共団体に令和 2年度中に通知する。」との方針が盛り込まれた。

〇 この方針を踏まえ、厚生労働省は、令和2年12月、生活保護法施行規則を改正し、保護費(葬祭扶助)に充てた後に残った遺留金品の処理に当たり弁済供託制度の活用を可能とした。

 また、厚生労働省及び法務省は、令和3年3月、地方公共団体における遺留金等の取扱事務の円滑化に資する観点から、身寄りのない人が亡くなった場合の対応、預貯金も遺留金銭に含まれることの明確化、相続財産管理制度・弁済供託制度の活用の流れ等をまとめた「身寄りのない方が亡くなられた場合の遺留金等の取扱いの手引-令和3年3月-」を策定し、都道府県及び市区町村に周知した(同手引きは、下記令和5年3月の「遺留金等に関する実態調査<結果に基づく勧告>」を踏まえ、令和5年7月に改訂されている(「身寄りのない方が亡くなられた場合の遺留金等の取扱いの手引-令和3年3月(令和5年7月改訂)-」))。

〇 総務省行政評価局は、令和5年3月、「遺留金等に関する実態調査結果報告書」を取りまとめ、公表した。この報告書に係る調査は、「市区町村等の負担軽減に向けた課題等を整理するため、(前記)手引通知後の状況も含め、遺留金等の処理や保管の実態を調査」(総務省HP「遺留金等に関する実態調査<結果に基づく勧告>」したものである。

 その調査結果に基づき、死亡人の預貯金の引き出しの実施状況に関して「引き出しが相続人に優先する法的根拠が不明などとして引き出しができなかった事例あり」として「関係省庁と連携し、法的根拠を手引等で明示し、市区町村等及び金融機関に周知すること。周知後に対応状況を調査し、支障となっている点を把握し改善を検討すること」(厚生労働省)、残余遺留金の弁済供託に関して「供託所から相続人の意思確認が不十分と教示され対応に苦慮している事例あり」として「市区町村等が対応に苦慮している事例等を把握し、全国の供託所において適切な教示を行うことができるよう、運用を改善すること」(法務省)等について、総務省から関係省庁に対して勧告がなされた(前記総務省HP)。

 これらの勧告のうち、遺留金の市区町村における歳入歳出外現金としての保管に関しては、「残余遺留金について、歳入歳出外現金として保管している市区町村がある一方、歳入歳出外現金として取り扱うことができる根拠法令がないことなどから、実務上、一時的に預かっている現金として、庁舎内の金庫等で保管している市区町村あり」等との調査結果であったが、厚生労働省の見解を確認したところ、「歳入歳出外現金として保管可能であることが判明」し、他方、この「見解は、手引には明記されておらず、周知が十分にされていない状況」であるとして、「残余遺留金は行旅法第12条、墓埋法第9条第2項及び生活保護法第76条第1項を根拠法令として歳入歳出外現金として保管できることを、手引等に記載することにより、市区町村等に対し明確に示すこと」が厚生労働省に対して勧告されている(総務省資料「「遺留金等に関する実態調査」の結果に基づく勧告(概要)」8頁)。

 また、遺留金の充当費用に関しては、報告書は、「行旅死亡人及び墓埋法適用死亡人については、昭和62年通知に列挙された行旅死亡人取扱費用の種目や、生活保護法第18条第1項の葬祭扶助の範囲に定められた種目以外に、独自に遺留金を充当する種目があるものが、3都道府県及び10市区町村みられた。独自に遺留金を充当する種目としては、遺骨保管料、白装束代、風呂敷代、仏衣代、死体写真料、遺骨送付料等がみられた。」としている。また、「1市区町村は条例を制定し、相続人等の所在に関する調査に要した費用に、遺留金を充当すると定めている。さらに、同条例施行規則において、調査費用は、①戸籍謄本の交付を受けるのに要した費用、②通信費、③相続財産管理人の選任に要した費用、④相続人等の所在に関する調査に要する人件費、⑤その他これに類するものの費用を、合計して算定すると定めている。」として、神戸市の取り扱についても言及している。他方、「相続人等調査又は遺留金品の処理に当たって発生した通信費や人件費等の事務経費に、遺留金を充当することについて、充当が可能となることに肯定的であった市区町村は、回答を得た66市区町村のうち13市区町村みられた。充当が可能となることに否定的である理由として、各事例に係る通信費や調査に関する人件費等の経費を他の業務の経費と切り分けることが困難であり、経費を算出することが煩雑な作業となるためなど、充当に当たって新たな事務負担が発生することを懸念するものがみられた。」(いずれも、報告書18頁)としている。この点に関しては、総務省から関係省に対して勧告はなされていない。



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