損害賠償責任の一部免責に関する条例

(令和6年4月8日更新)

【長等の損害賠償責任の一部免責】

〇 地方自治法243条例の2の7第1項は、地方公共団体は、条例で、長、委員会の委員、職員等(以下「長等」という。)の当該地方公共団体に対する損害賠償責任について、その職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、損害賠償責任額から、①長等の職責その他の事情を考慮して政令で定める基準(以下「参酌基準」という。)を参酌して、②政令で定める額(以下「最低額」という。)以上で当該条例で定める額を控除して得た額を免責することができる、と定めている。なお、議会がこの条例の制定又・改廃に関する議決をしようとするときは、あらかじめ監査委員の意見を聴かなければならない(同条2項)としている。

〇 この規定を受け、地方自治法施行令173条の4は、参酌基準(1項)及び最低額(2項)を定めている。

 参酌基準は、基準給与年額(原因行為を行った日を含む会計年度において在職中に支給されるべき給与(扶養手当、住居手当、通勤手当、単身赴任手当又は寒冷地手当が支給されている場合には、これらの手当を除く。)の一会計年度当たりの額に相当する額として総務省令で定める方法により算定される額)に役職ごとに設定された一定の乗数を乗じて得た額としている。

 乗数は、①長:6、②副知事・副市町村長、指定都市総合区長、教育長・教育委員会委員、公安委員会委員、選挙管理委員会委員、監査委員(以上、解職制度の対象となる者):4、③人事・公平委員会委員、労働委員会委員、農業委員会委員、収用委員会委員、海区漁業調整委員会委員、内水面漁場管理委員会委員、固定資産評価審査委員会委員(以上、その他の執行機関委員)、消防長、地方公営企業管理者、警視総監・道府県警察本部長(以上、職員の任命権や指揮監督権を有し、他の職と比較して重い責任を有する常勤職員):2、④その他の職員:1としている。

 最低額は、基準給与年額としている。

〇 こうした長等の損害賠償責任の一部免責制度は、「地方自治法等の一部を改正する法律」(平成29年6月9日公布、令和2年4月1日施行 以下「改正法」という。)により定められた。

 この改正法は、「第31次地方制度調査会答申」(平成28年3月16日)が、住民訴訟制度について「長や職員の損害賠償責任については、長や職員への萎縮効果を低減させるため、軽過失の場合における損害賠償責任の長や職員個人への追及のあり方を見直すことが必要である。」としたことを受け、また、総務省に設置された「住民訴訟制度の見直しに関する懇談会」の「取りまとめ」(平成29年1月27日)が「個人責任として過酷である等の問題を解決するためには、会社法・独立行政法人通則法等の役員等の損害賠償責任の限定を可能とする立法例も参考に、長や職員個人が負担する損害賠償額を限定する措置を講じることが適当ではないか」等としたうえで具体的な案を示したことを踏まえ、さらに政府部内で検討が進められ、国会の審議を経て、制定に至ったものである。

 なお、「地方自治法等の一部を改正する法律」(令和5年5月8日公布、令和6年4月1日施行)により、関係条文はそれまでの243条の2から243条の2の7に条ずれしている。

〇 参酌基準及び最低額については、「地方自治法施行令等の一部を改正する政令」(令和元年11月8日公布、令和2年4月1日施行 以下「改正政令」という。)により定められた。

 参酌基準については、会社法等の責任軽減制度の制度設計に倣ったものである(陸川諭「地方自治法施行令等の一部を改正する政令の公布及び施行について」(「行政通知の読み方使い方連載19回」 自治体法務研究2020年春号)84頁)とされる。

 因みに、会社法の責任軽減制度においては、最低責任限度額を1年間当たりの職務執行の対価に役員等の区分に応じて一定の乗数を乗じて得た額とし、その乗数として、①代表取締役又は代表執行役:6、②代表取締役以外の取締役(業務執行取締役等であるものに限る。)又は代表執行役以外の執行役:4、③その他の取締役、会計参与、監査役又は会計監査人:2としている(会社法425条1項)。

 なお、「漁業法等の一部を改正する等の法律の施行に伴う関係法令の整備及び経過措置に関する政令」(令和2年7月8日公布、令和2年12月1日施行 以下「漁業法等関係政令の改正政令」という。)により、地方自治法施行令173条が改正され、海区漁業調整委員会委員に係る乗数は従前の4から2とされた(漁業法等の改正により、知事等による選任制となり、解職制度の対象となる職ではなくなったため)。

 また、「地方自治法施行令等の一部を改正する政令」(令和6年1月19日公布、令和6年4月1日施行)により、関係条文はそれまでの173条から173条の4に条ずれしている。

〇 改正法については総務省資料「地方自治法等の一部を改正する法律について」及び下山憲治「住民訴訟制度の改正と課題―地方自治法等の一部を改正する法律について」(自治総研2018年1月号) を、改正政令については前記陸川解説及び下山憲治「地方自治法施行令等の一部を改正する政令と自治体の条例制定動向について」(地方自治総合研究所 地方自治関係立法動向8集 2021年12月)を参照されたい。

 

【条例の制定状況等】

〇 地方自治法243条例の2の7第1項による条例すなわち「損害賠償責任の一部免責に関する条例」(以下「一部免責条例」という)の制定状況については、総務省が令和5年4月1日現在で調査をしている(「長等の損害賠償責任の一部免責に関する調(令和5年4月1日現在)」(地方自治月報第61号)。

 総務省調査によると、一部免責条例は、令和5年4月1日現在で、都道府県では青森県及び徳島県を除く45都道府県で、指定都市では静岡市、浜松市、京都市、大阪市、神戸市、堺市、岡山市、広島市及び熊本市の9市で、指定都市を除く市区町村は372団体で制定されている。

 なお、令和6年1月1日時点では、一部免責条例は、地方自治研究機構がインターネットに掲載している例規集等により調査した範囲では、都道府県は45都道府県で、指定都市は9市で、指定都市を除く市区町村は412団体で制定されていることが確認できる。

〇 条例の内容は、総務省調査によると、都道府県条例及び指定都市条例ではすべて、指定都市を除く市区町村の条例では6団体を除く366団体の条例は、地方自治法施行令173条の4による参酌基準と同じ内容となっている。なお、参酌基準と異なる内容を有する6団体の条例とは、茨城県土浦市、富山県富山市、大阪府高槻市、大阪府島本町、広島県三原市及び山口県下関市の条例であるが、6団体以外にも大阪府箕面市の条例も参酌基準と異なる内容を有することが確認できる。

〇 一部免責条例について、いくつか紹介をする。

埼玉県

知事等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和2年3月31日公布

令和2年4月1日施行

兵庫県

知事等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和2年6月18日公布

令和2年6月18日施行

令和2年12月1日改正施行

和歌山県

知事等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和4年3月25日公布

令和4年3月25日施行

大阪市

市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和2年3月27日公布

令和2年4月1日施行

熊本市

熊本市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和3年3月24日公布

令和3年4月1日施行

神戸市

神戸市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和4年3月31日公布

令和4年4月1日施行

長崎県長崎市

市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和2年3月19日公布

令和2年4月1日施行

青森県青森市

青森市長等の損害賠償責任に関する条例

令和3年3月22日公布

令和3年3月22日施行

東京都稲城市

稲城市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和4年9月29日公布

令和4年9月29日施行

栃木県さくら市

さくら市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和5年10月3日公布

令和5年10月3日施行

北海道占冠村

占冠村村長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和2年6月19日公布

令和2年6月19日施行

沖縄県読谷村

読谷村長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和3年3月23日公布

令和3年3月23日施行

愛知県扶桑町

扶桑町長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和4年3月29日公布

令和4年4月1日施行

三重県南伊勢町

南伊勢町長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例

令和5年6月26日公布

令和5年6月26日施行

 

 一部免責条例のほとんどは参酌基準通りの内容であり、これらの条例もすべて参酌基準通りの内容である。

 なお、兵庫県条例は、漁業法等関係政令の改正政令の施行に伴い、令和2年12月1日に改正施行し、海区漁業調整委員会委員に係る乗数を4から2としている。また、兵庫県条例は、「前項の規定は、知事等の県に対する損害を賠償する責任を、法第96条第1項第10号の規定による議会の議決を経て、免れさせることを妨げるものではない。」(2項)と規定し、議会が議決により知事等の損害賠償責任を免除することを妨げるものではない旨、確認的に規定している。

 ほとんどの一部免責条例は、参酌基準に基づき、条例で役職ごとの乗数を個別に規定しているが、青森市条例は、「市は、市長等の市に対する損害を賠償する責任を、市長等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、市長等が賠償の責任を負う額から、市長等について地方自治法施行令(・・・)第百七十三条第一項第一号の規定により損害の賠償の責任を負う額から控除する基準として算定される額に相当する額をそれぞれ控除して得た額について免れさせるものとする。」(2条)とし、地方自治法施行令の関係規定を引用した規定としている。

 長崎市条例の考え方については、長崎市令和2年2月市議会総務委員会資料「第25号議案 市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例」を参照されたい。

〇 参酌基準と異なる内容を有する条例のうち、大阪府高槻市の「高槻市職員等の損害賠償責任の一部の免責に関する条例」(令和2年3月25日公布、令和2年4月1日施行)、大阪府箕面市の「箕面市職員等の損害賠償責任の一部の免責に関する条例」(令和2年3月30日公布、令和2年4月1日施行)及び大阪府島本町の「島本町長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例」(令和3年3月25日公布・施行)は、市長・町長に係る乗数を2、その他の職員等に係る乗数を1としている。

 その理由として、箕面市は「地方自治法施行令において会社法と同様の基準が示されたところでありますが、本市といたしましては、国の参酌基準による賠償額は、職員がそれを負担した上で生活を維持していくことは現実的に困難で、故意または重過失の場合の責任負担とのバランスがとれているとは言えないこと、また、市長と議会の二元代表制に基づき、予算や重要な財産取得の決定の権限は議会にあり、議会の権限が十分に発揮されている本市におきましては執行機関が独断で過剰な予算執行を行う余地が少なく、過剰な賠償リスクを執行機関のみに負わせる必要はないことと考えまして、軽過失の場合に職員が負担すべき賠償責任額は、職員が現実的に負担し得る額として、職員の1年分の年収に相当する基準給与年額とするものでございます。市長につきましては、本市の統括代表者として、財政の責任者として重要な権限を有することから、基準給与年額の2年分と提案させていただいているものでございます。地方自治法施行令では、職の区分に応じて4段階で基準給与年額に乗ずる数が示されておりますが、本市といたしましては、市長は直接選挙で選ばれ、本市の統括代表者として予算調製権や議会招集権など重い職責を有しており、副市長その他の職員は市長の任命または選任によりその職につき、職責が大きく異なると考えているところから、市長とそれ以外の職員等で差を設けているものでございます。」(箕面市議会議事録 令和2年3月12日総務常任委員会)と説明している。

 なお、大阪府吹田市も令和2年2月議会において高槻市条例及び箕面市条例と同内容の条例案(令和2年2月定例会議案第1号「吹田市長等の損害賠償責任の一部免除に関する条例の制定について」)を提出をしたが、最終的には取り下げている(箕面市条例や吹田市条例案等については、前記下山論文「地方自治法施行令等の一部を改正する政令と自治体の条例制定動向について」が詳しく論じている(81頁以下)。)。

〇 また、参酌基準と異なる内容を有する条例のうち、広島県三原市の「市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例」(令和2年10月2日公布・施行)及び茨城県土浦市の「土浦市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例」(令和3年3月29日公布・施行)は消防長に係る乗数を1(参酌基準は2)とし、富山県富山市の「富山市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例」(令和3年3月30日公布、令和3年4月1日施行)は政策監(特別職 参酌基準は規定せず)に係る乗数を2とし、山口県下関市の「下関市長等の損害賠償責任の一部免責に関する条例」(令和2年6月25日公布・施行)は下関港管理委員会委員(港湾法35条により設置される委員会の委員 参酌基準は規定せず)に係る乗数を2としている。



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