里山の保全に関する条例

(令和6年1月14日更新)

【はじめに】

〇 本稿では、里山の保全に関する条例を取り上げる。

〇 里山とは、「人里近くにあって、その土地に住んでいる人のくらしと密接に結びついている山・森林」(広辞苑第7版)とされるが、人口に膾炙されるのはそれほど昔ではない。この言葉自体は江戸時代にもあったようであるが、昭和30年代後半に四手井綱英氏が再発見したともされる。行政的には、昭和50年代に林野庁を中心に里山の開発利用の観点からの調査が行われ、平成に入り自然保護や生態系維持の観点から環境省を中心に里山の保全のための施策が展開されるようになった。平成6年の「第1次環境基本計画」においては「里地自然地域」として「里地」の用語が使われ、平成14年の「新・生物多様性国家戦略」においては主要テーマの一つとして「里地里山の保全と持続可能な利用」が掲げられている。(以上、岡田航「「里山」概念の誕生と変容過程の林業政策史」(林業経済研究63巻1号(平成29年))、古寺正一「里地里山の保全にー二次的な自然環境の視点からー」(レファランス平成20年3月号)、磯田尚子「里山保全のための法的手法と課題」(明海大学教養論文集22号(平成23年))参照)。

 

〇 法律では、「里山」という用語は平成14年制定の「自然再生推進法」で初めて使用された。平成20年制定の「生物多様性基本法」(平成20年)でも使用されているが、これらの法律では「里山」の定義規定は置かれていない。なお、生物多様性基本法は、里山に関して「国は、農林水産業その他の人の活動により特有の生態系が維持されてきた里地、里山等の保全を図るため、地域の自然的社会的条件に応じて当該地域を継続的に保全するための仕組みの構築その他の必要な措置を講ずるものとする。」(14条2項)との規定を置いている。

〇 環境省は、里地と里山を含んだ「里地里山」について、「原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域」としたうえで、「農林業などに伴うさまざま人間の働きかけを通じて環境が形成・維持されてき」たとし、「特有の生物の生息・生育環境として、また、食料や木材など自然資源の供給、良好な景観、文化の伝承の観点からも重要な地域」である(環境省HP「里地里山の保全・活用」)としている。

〇 自治体の条例では、「里山」という用語は平成1ケタ代後半から使用され始めていることが窺える(「秋田県環境と文化のむら条例」(平成7年)、大阪府池田市「五月山景観保全条例」(平成8年)、(大阪府)「枚方市環境基本条例」(平成10年)等で「里山」の文言が見られる。)。

 里山の保全に関する規定を明示的に置く条例が制定されるのは、平成10年代に入ってからとなる。その制定状況については、次の項目で紹介する。

〇 なお、里山の保全に関する条例について論じたものとしては、上記の古寺論文及び磯田論文のほか、南眞二「里地・里山環境の保全と条例制定」(奈良県立大学「研究季報」13巻2号(平成14年))、南眞二「里山保全の方向性と法の仕組み」(法政理論40巻3・4号(平成20年))、生田長人「里山の保全のための制度に関する考察」(東北大学法学部平成21年度後期講義参考資料)、下村憲治「里山保全の協働的取組みと合意形成手法」(法政論集277号(平成30年))等がある。本稿は、これらの論文を参考にしている。

 

【条例の制定状況】

〇 里山の保全に関する条例であって現在施行されているものとしては、以下のような条例がある。都道府県条例と市町村条例に分けて紹介する。

 なお、本稿では、里山の保全に関する条例とは、里山の保全を図る観点から、一定の行為を規制し、または保全管理活動を支援することを規定する条例とし、里山の保全に特化した条例(以下「特化条例」という。)のみならず、自然環境保全、森林づくり、緑の保全等を目的とした条例であって里山の保全に関して明示的に規定を置くもの(以下「非特化条例」という。)も含めることとする。したがって、実際には里山を含む地域を対象にした条例であっても、条例において「里山」という用語を使用していないもの、またはその保全を明示的に規定してないもの(例えば、大阪府「大阪府自然環境保全条例」(昭和48年)、埼玉県「ふるさと埼玉の緑を守り育てる条例」(昭和54年)、兵庫県「緑豊かな地域環境の形成に関する条例」(平成6年)、神戸市「人と自然との共生ゾーンの指定等に関する条例」(平成8年)、(兵庫県)「丹波篠山市緑豊かな里づくり条例」(平成11年)、京都府「京都府豊かな緑を守る条例」(平成17年)等)は、対象には含めていない。

〇 前述の通り、生物多様性基本法は、里山の保全に関して、「国は、農林水産業その他の人の活動により特有の生態系が維持されてきた里地、里山等の保全を図るため、地域の自然的社会的条件に応じて当該地域を継続的に保全するための仕組みの構築その他の必要な措置を講ずるものとする。」(14条2項)としているが、具体的な措置は規定していない。里山を巡る実際の土地利用規制等は、都市計画法、都市緑地法、森林法、自然公園法、景観法等の個別法の適用や運用に委ねられており、里山を対象として統一的、総合的に規制するものはなく、また、里山にふさわしい保全管理の仕組みが十分に構築されていない(生田論文14頁以下、小寺論文59頁以下参照)。このため、自治体において独自に里山の保全に関する条例が制定されている。

 

(都道府県条例)

山形県山形県自然環境保全条例平成11年10月12日改正公布

平成12年1月1日改正施行

東京都東京における自然の保護と回復に関する条例平成12年12月22日公布

平成13年4月1日施行

千葉県

千葉県里山の保全、整備及び活用の促進に関する条例

平成15年3月7日公布

平成15年5月18日施行

三重県

三重県自然環境保全条例

平成15年3月17日公布

平成15年4月1日施行

滋賀県

琵琶湖森林づくり条例

平成16年3月29日公布

平成16年4月1日施行

長野県長野県ふるさとの森林づくり条例平成16年10月14日公布

平成16年10月14日施行

石川県ふるさと石川の環境を守り育てる条例平成17年10月7日改正公布

平成17年12月1日改正施行

富山県

富山県森づくり条例

平成18年6月28日公布

平成18年6月28日施行

神奈川県

神奈川県里地里山の保全、再生及び活用の促進に関する条例

平成19年12月25日公布

平成20年4月1日施行

山口県

やまぐちの美しい里山・海づくり条例

平成22年12月21日公布

平成22年12月21日施行

 

(市町村条例)

高知県高知市高知市里山保全条例平成12年4月1日公布

平成12年4月1日施行

大阪府交野市交野市自然環境の保全等に関する条例平成13年1月10日公布

平成13年10月1日施行

札幌市

札幌市緑の保全と創出に関する条例

平成13年3月6日公布

平成13年10月1日施行

長野県茅野市

茅野市ふれあい里山づくり条例

平成16年3月30日公布

平成16年10月1日施行

愛知県春日井市

春日井市自然環境の保全を推進する条例

平成16年12月16日公布

平成17年4月1日施行

長野県飯綱町 飯綱町里山保全条例平成17年10月1日公布

平成17年10月1日施行

滋賀県東近江市東近江市にぎわい里山づくり条例平成18年9月26日公布

平成18年9月26日施行

埼玉県嵐山町

嵐山町里地里山づくり条例

平成19年3月5日公布

平成19年4月1日施行

埼玉県所沢市

ふるさと所沢のみどりを守り育てる条例

平成23年9月30日公布

平成24年4月1日施行

石川県能美市

能美市の適正な土地利用に関する条例

平成24年12月21日公布

平成25年8月2日施行

福井県鯖江市

鯖江市森林・里山保全条例

平成25年3月28日公布

平成25年4月1日施行

山梨県都留市

都留市里地里山里水の保全及び活用に関する条例

平成25年9月30日公布

平成25年9月30日施行

神奈川県厚木市厚木市里地里山保全等促進条例平成25年12月27日公布

平成25年12月27日施行

岡山県美作市美作市美しい里山をつくり育てる条例平成26年9月18日公布

平成26年9月18日施行

岩手県住田町

こざっぱり条例

平成29年6月16日公布

平成29年6月16日施行

兵庫県三田市

三田市里山と共生するまちづくり条例

平成30年12月18日公布

平成31年1月4日施行

相模原市

相模原市生物多様性に配慮した自然との共生に関する条例

令和元年10月1日公布

令和2年4月1日施行

 

〇 里山の保全に関する条例は、都道府県条例、市町村条例ともに、平成10年代に入って制定されている。都道府県条例はほとんどの条例は平成10年代に制定されている。市町村条例は平成10年代に制定されたものが多いが、平成20年代以降も制定されている。

〇 都道府県条例のうち、千葉県、神奈川県及び山口県の条例は特化条例であり、山形県、東京都、三重県、滋賀県、長野県、石川県及び富山県の条例は非特化条例である。

 市町村条例のうち、高知市、交野市、茅野市、飯綱町、東近江市、嵐山町、鯖江市、都留市、厚木市、美作市、住田町及び三田市の条例は特化条例であり、札幌市、春日井市、所沢市、能美市及び相模原市の条例は非特化条例である。

〇 各条例とも、「里山」について何らかの形で定義している。それぞれの条例で、定義の仕方は異なっている。例えば、千葉県条例は「人が日常生活を営んでいる地域に隣接し、又は近接する土地のうち、人による維持若しくは管理がなされており、若しくはかつてなされていた一団の樹林地又はこれと草地、湿地、水辺地その他これらに類する状況にある土地とが一体となっている土地」(2条1号)と定義づけ、高知市条例は「市街地、集落地及び農地周辺の山地斜面に成立している樹林の区域又は樹林と草地、農地、水辺地等が一体となって健全な生態系を構成している区域若しくは構成し得る区域」(2条1号)と定義づけている。

 各条例における里山の定義の仕方について、生田論文(7頁以下)や下村論文(109頁以下)が詳しく論じている。

〇 条例の内容については、一定の行為を規制し、または保全管理活動を支援することを規定している。規制措置のみを規定するもの、保全管理活動支援措置のみを規定するもの、両方を規定するものに分かれる。特化条例では、これらに加えて基本理念や自治体・住民の責務等について規定している。

 全体の傾向としては、都道府県条例では保全管理活動支援措置のみを規定する条例が多く、市町村条例では規制措置と保全管理活動支援措置の両方を規定するものが多い。また、市町村条例は、都道府県条例に比べて、それぞれの条例で定める規制措置や保全活動支援措置の内容は多様であり、多彩である。

〇 規制措置は、里山において無秩序な開発が行われ、その良好な環境や生態系が害され、さらには里山そのものが消滅することを防ぐことを目的とする。手法としては、通常、一定の区域を指定し、当該区域における一定の行為を規制(禁止、許可、届出等)する方法がとられる。

 保全管理活動支援措置は、里山は人の手が加わることにより形成されてきたのに対し、里山を取り巻く経済社会情勢の変化により維持管理の担い手が少なくなることにより、里山が荒廃することを防ぐことを目的とする。その手法としては、里山の土地所有者等に対する支援(自治体が土地所有者等と協定を締結して、支援する方法等)のほか、土地所有者等に代わって自治体が里山を管理する方法(自治体が土地所有者等から権原を取得し、または協定を締結し、都市公園や市民の森等として住民の利用に供する方法、自治体が土地所有者等から管理委託を受ける方法等)、土地所有者等に代わってNPO法人等の民間団体が里山を管理する方法(民間団体と土地所有者等が協定を締結し、当該協定を自治体が認定し、支援する方法、自治体が里山を管理する民間団体を認定し、支援する方法、自治体が土地所有者等に里山の管理をする民間団体を斡旋する方法等)等がとられる。

〇 都道府県条例で、規制措置を規定しているのは、山形県条例及び東京都条例である。山形県条例は、知事が里山環境保全地域を指定するとともに保全地域ごとに里山環境保全計画の決定し、保全地域内における一定の行為について知事への届出制としており(第14条の5~第14条の10)、東京都条例は、知事は保全区域の一つとして里山保全地域を指定するとともに保全計画を決定し、里山保全地域内における一定の行為について知事の許可制としている(17条、24条等)。

 都道府県条例で、保全管理活動支援措置を規定しているもののうち、千葉県、石川県及び神奈川県の条例は、民間団体と土地所有者等が協定を締結し、当該協定を知事が認定し、支援することとしている。千葉県条例は、里山活動団体と土地所有者等が里山活動協定を締結し、知事が認定・支援し(16条~23条)、石川県条例は、里山活動団体と土地所有者等が里山保全再生協定を締結し、知事が認定・支援し(132条~139条)、神奈川県条例は、知事が市町村長の申出により里地里山保全等地域を選定したうえで、当該地域において活動団体と土地所有者等が里地里山活動協定を締結し、知事が認定・支援する(8条~14条)することとしている。

 長野県条例は、知事が市町村長の申出により里山整備利用地域を認定したうえで、市町村長が活動団体と森林所有者が里山利用協定の締結を促進する措置を講ずる等とし(26条~28条)、三重県条例は、里地里山保全団体が定めた里地里山保全活動計画を知事が認定し、当該団体を支援する(30条、31条)ことしている。

 滋賀県条例(14条)と富山県条例(15条)は、県は里山の保全活動に対して必要な支援を行うとしている。また、山口県条例は、里山等における環境美化活動に対する支援等について規定している(7条~13条)。

〇 市町村条例のうち、規制措置と保全管理活動支援措置の両方を規定しているのは、高知市、交野市、札幌市、嵐山町、所沢市、美作市、三田市及び相模原市の条例である。

 高知市条例は、市長が里山保全地区を指定(6条)したうえで、同地区内の一定の行為について届出制とする(9条)とともに、市長は同地区内の土地所有者等と里山保全協定を締結し(13条)、助成等を行う(15条)ほか、土地所有者等から権原を取得し、市民の里山を設置し、市民に開放することができる(16条)等とし、交野市条例は、市長は保全里山、特定保全里山等を指定(7条)したうえで、指定区域における一定の行為を禁止し(12条)、所有権等の譲渡の際には市長への届出を義務づける(17条)とともに、市長は指定区域の土地所有者等と管理協定を締結する(13条)ほか、特定保全里山については、市長が管理活用を受託し、さらに里山保全団体に委託することができ(15条、16条)、また権限の取得等ができる(18条)としている。

 また、札幌市条例は、緑保全創出地域の一つとして、里山地域や里地地域を指定(10条)したうえで、一定の行為について市長の許可制とする(12条2項、22条)とともに、市長は土地所有者等と緑地保全協定を締結し(23条)、また、緑地の所有者と契約を締結し、当該緑地を市民の森として市民の利用に供することができる(32条)等とし、嵐山町条例は、町長が里地里山づくり活動地域を指定し(6条)、同地域で活動する活動団体等、町及び土地所有者等で活動協定を締結する(10条)とするとともに、町長は里地里山づくり保全地域を指定し(13条)、土地所有者等と保全協定を締結する(16条)としたうえで、活動区域及び保全区域において一定の行為を禁止し(24条)、所沢市条例は、市長が里山保全地域を指定(10条)したうえで、同地域における一定の行為について市長への届出制とする(11条)とともに、市長は保全管理計画を定め(12条)、土地所有者等と保全管理協定を締結し、支援する(13条、14条)としている。

 美作市条例は、市は都市公園を整備しようとする区域を里山整備区域として指定(5条)したうえで、都市公園として管理されるまでは一定の行為を禁止し(6条)、また、都市公園として設置する土地については土地所有者等から使用貸借する(7条)としている。

 三田市条例は、市は里山の保全と活用について様々な措置を講ずる(10条~13条)とするほか、太陽光発電設備の設置について規制している(14条~31条)。

 相模原市条例は、相模原市里地里山の保全等の促進に関する条例(平成23年)等が廃止されて制定されたが、里地里山の保全に関し、市長は保全等活動認定団体を認定(18条)したうえで、里地里山地域(20条)、保全等活動区域(24条)を指定し、保全等活動区域においては一定の行為を禁止する(26条)ほか、保全団体に対して支援する(27条)等としている。

 市町村条例のうち、規制措置を規定しているのは、春日井市、能美市及び鯖江市の条例であるが、春日井市条例は、里地又は里山の区域を含めて自然環境保全地区として指定し(7条)、保全計画を決定し(8条)、保全区域内における一定の行為について市長への届出制(9条)とし、能美市条例は、特別用途制限地域の一つとして里山地域を定め(10条)、一定の建築物の建築を禁止し(35条)、鯖江市条例は、森林・里山地域を指定(3条)したうえで、一定の土地の所有権等の移転等と工作物等の設置について、市長への届出制(8条、9条)としている。

 市町村条例のうち、保全管理活動支援措置を規定しているのは、茅野市、東近江市、都留市及び厚木市の条例であるが、茅野市条例は、市長は里山づくり推進地域を指定し、推進団体が市及び土地所有者等と里山づくり推進協定を締結し、市長は推進団体を支援する(9条~18条)等とし、東近江市条例は、市長はにぎわい里山づくり団体を認定し、認定団体を支援するとともに、指定した守り育てたい里山について、土地所有者等による保全が困難な場合等には認定団体に活動場所として斡旋し、斡旋を受けた認定団体は土地所有者等と協定を締結する(8条~12条)等とし、都留市条例は、里地里山里水保全活用協議会を設置し、同協議会が里地里山里水保全活用基本計画を定め、保全活用団体の認定と保全活用地域の指定を行う(7条~10条)等とし、厚木市条例は、市長は里地里山保全等地域を選定したうえで、同地域で活動をする里地里山活動団体を認定するとともに、認定団体と土地所有者等が締結した里地里山活動協定を認定し、支援する(9条~17条)等としている。

 飯綱町条例は、里山の保全に関する基本理念、町等の責務等のほか、緑化の推進について規定し、住田町条例は、里山の景観保全を目的とし、基本理念、町等の責務を規定している。



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