登山安全条例・遭難防止条例、スキー場安全条例
(令和6年11月28日更新)
【登山安全条例・遭難防止条例】
〇 登山の安全を確保し、又は登山者の遭難を防止するため、登山者の責務、遵守事項等を定めるとともに、登山者に登山届の提出を義務づける条例(登山安全条例・遭難防止条例)として、以下のような条例がある。
富山県 | 昭和41年3月26日公布 | 昭和41年3月26日施行 | |
群馬県 | 昭和41年12月20日公布 | 昭和42年1月1日施行 | |
岐阜県 | 平成26年7月15日公布 | 平成26年12月1日施行 | |
新潟県 | 平成27年3月31日公布 | 平成27年6月1日施行 | |
長野県 | 平成27年12月17日公布 | 平成27年12月17日施行 | |
石川県 | 平成29年3月23日公布 | 平成29年7月1日 | |
山梨県 | 平成29年10月20日公布 | 平成29年10月20日 | |
山梨県 | 令和6年3月15日公布 | 令和6年3月15日施行 | |
令和6年3月15日公布 | 令和6年7月1日施行 |
||
令和6年3月15日公布 | 令和6年4月1日施行 |
〇 富山県及び群馬県の条例は昭和40年代前半に制定され、岐阜県、新潟県、長野県及び石川県の条例並びに山梨県登山の安全の確保に関する条例は平成20年代後半に制定されている。
山梨県は、山梨県登山の安全の確保に関する条例に加えて、令和6年3月に富士山の安全確保に関連する3条例(山梨県富士山における登山の適正化に関する条例、山梨県富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例及び山梨県富士山吉田口県有登下山道整備等事業基金条例)を制定している。
いずれの県も、わが国の関東甲信越・北陸地域に所在し、高峻な山岳や活火山が存在している。
〇 以上の条例は、概ね次の5つのグループに分けることができる。
富山県及び群馬県の条例は、特定の危険な山岳地区(剣岳周辺地区、谷川岳周辺地区)の登山者を対象にして、登山届の提出を義務づけるとともに、県は登山届済書を交付し、違反行為に対して刑罰(罰金又は科料)を科している。
岐阜県条例は、北アルプス地区及び活火山地区の登山者を対象にして、登山届の提出を義務づけ、違反行為に対して過料を科している。
新潟県及び石川県の条例は、活火山地区の登山者を対象にして、登山届の提出を義務づけ、違反行為に対して過料を科している。
長野県の条例及び山梨県登山の安全の確保に関する条例は、県内の山岳区域全域の登山者を対象にして、県による登山安全指針の策定、登山者の遵守事項等を規定するとともに、一定の山岳区域の登山者については登山届の提出を義務づけている。罰則規定は置いていない。
富士山の安全確保に関連する3条例(山梨県富士山における登山の適正化に関する条例、山梨県富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例及び山梨県富士山吉田口県有登下山道整備等事業基金条例)は、富士山に特化し、富士登山の適正化に関し、県・登山者の責務、公の施設としての県有登下山道の設置、登下山道における利用の制限・使用料の徴取、富士登山適正化指導員の委嘱等の措置等を定めている。
〇 富山県条例は、「昭和38年1月、北アルプスの薬師岳で愛知大学山岳部員13名が遭難し、全員死亡したことが一つの契機」(長野県資料「山岳規制条例(富山県・群馬県)について」)となり、昭和41年に制定されている。
剣岳周辺の山岳区域を危険地区としたうえで(1条の2第1項、別表第1)、冬季(12月1日から翌年4月1日までの間)に危険区域を登山する者に登山20日前までに登山届の提出を義務づける(4条)とともに、知事は登山届済書を交付し、登山者に登山届済書の携行を義務づけ、知事又は登山指導員は登山者に必要な勧告をすることができる(5条、6条)としている。未届の登山、虚偽の届出等に対して5万円以下の罰金又は科料を科している(11条)。危険地区のうち特別危険地区(1条の2第2項、別表第2)については、登山者は冬季には登山しないように努めなければならない(3条)としている。
富山県条例の内容等については、富山県HP「富山県登山届出条例に基づく登山届の提出について」を参照されたい。また、条例の制定経緯については、伊藤保忠「富山県登山届出条例」(時の法令1104号(昭和56年4月3日)48頁以下)が詳しい。
〇 群馬県条例も、富山県条例と同じく、昭和41年に制定されている。
谷川岳において特に死亡事故の発生数が多い一ノ倉岳から南面の山域を危険地区とし(2条、別表)、登山者に、冬季(12月1日から翌年2月末までの間)は危険地区に登山をしないように努力義務を課す(6条)とともに、冬季以外の期間は登山10日前までに登山届の提出を義務づけている(8条)。登山指導センター所長は、登山届を受理したときは、登山届出済の印を押し、かつ、必要と認める指示事項を記載して交付する(9条)としたうえで、登山者に当該登山届出済書の携帯を義務づけている(11条)。また、知事は、冬季以外の期間において、気象の激変が予想される場合等は危険地区の全部又は一部の登山を禁止することができる(7条)としている。知事の登山禁止の措置に違反した者、届出をしないで登山した者に3万円以下の罰金を科している(14条)。
なお、昭和41年11月9日付け群馬県知事宛自治省行政局長回答は、「登山に関する行政事務条例を制定し、その中で遭難多発地区の一ノ倉、マチガ沢、ユーノ沢地区を指定して、この地区における岩登り、沢登りを一般的に禁止することができるか。」との問に対して、「法律的にはお見込みのとおり。ただし、特例を全く認めない全面的禁止は適当でないと考える。」としている(八木欣之介「登山規制条例について」(地方自治230号(昭和42年1月)54頁以下)参照)。
群馬県条例の内容等については、群馬県HP「群馬県谷川岳遭難防止条例について」を参照されたい。
〇 岐阜県については、北アルプス地区への登山者に対して登山届の提出を義務づけるため、平成26年7月に「岐阜県北アルプス地区における山岳遭難の防止に関する条例」が制定され、平成26年12月1日に施行されたが、「平成26年9月27日に発生した御嶽山噴火は、多数の犠牲者を出し、戦後最大の火山災害となりました。この際、提出された登山届が迅速な安否確認及び捜索救助活動に有効であったことから」(岐阜県HP「山岳遭難防止条例」)、平成27年4月1日に改正施行され、条例名を「岐阜県北アルプス地区及び活火山地区における山岳遭難の防止に関する条例」とし、活火山地区への登山者に対しても登山届の提出を義務づけた。
北アルプス地区(2条1項、別表第1)又は活火山地区(2条2項 平成27年4月1日改正施行により御嶽山及び焼岳の一部、平成28年12月1日改正施行により白山の一部、令和元年12月1日改正施行により乗鞍岳の一部)を登山する者に、登山届の提出を義務づけている(5条)。届出をせず、又は虚偽の届出をして北アルプス地区又は活火山地区のうち一定の区域に登山した者に5万円以下の過料を科している(7条)。
岐阜県条例の内容等については、岐阜県HP「山岳遭難防止条例」を参照されたい。
〇 新潟県条例は、平成27年に制定された。
新潟焼岳の活火山地区(2条1項)を登山する者に登山届の提出を義務づけている(5条)。知事は届出をしないで登山した者に警告を発することができ(7条)、警告に従わない者に5万円以下の過料を科している(8条)。
新潟県条例の内容等については、新潟県HP「新潟焼山における火山災害による遭難の防止に関する条例について」を参照されたい。
〇 長野県条例は、平成27年に制定された。条例制定の背景として、「本県の遭難件数は、平成22年から平成25年度まで4年連続で過去最多を更新し、平成26年も依然として高い水準で推移しています。また、登山道は、管理者不明のものが多く、約300箇所の危険箇所が存在し、早急な対策が必要となっています。そして、平成26年9月27日の御嶽山噴火災害を経験した本県としては、火山の観点からも登山者の安全対策を図る必要があります。」(長野県HP「長野県登山安全条例について」)としている。
登山の安全に関して、県及び登山者等の責務(3条、4条)、山岳遭難防止対策協会、山岳関係事業者 、山岳関係団体、信州登山案内人等の登山ガイド及びツアー登山を実施する旅行業者の役割(5条~9条)、登山者等の遵守事項(11条)、登山安全指針の策定(12条)、基本的施策(啓発活動、外国語による情報提供、山岳の環境保全・適正利用方針の策定、環境整備、山岳遭難者の捜索・救助、火山災害による登山者の安全確保等 11条~19条)等を規定したうえで、指定登山道を指定し(20条)、指定登山道を登山する者に登山計画書の提出を義務づけている(21条)。また、登山しようとする者に対して山岳保険への加入の努力義務を課している(22条)。罰則規定は置いていない。
長野県条例の内容等については、長野県HP「長野県登山安全条例について」を参照されたい。
なお、長野県は、「信州登山案内人条例」(平成24年3月22日公布・平成24年4月1日施行)を制定し、「信州登山案内人」の資格、試験、登録等を定めている。
〇 石川県条例は、平成29年に制定された。
白山の活火山地区(2条1項)を登山する者に登山届の提出を義務づけている(5条)。届出をせず、又は虚偽の届出をして白山の活火山地区のうち一定の区域に登山した者に5万円以下の過料を科している(8条)。
石川県条例の内容等については、石川県HP「白山の登山届の提出の義務化について」を参照されたい。
〇 山梨県登山の安全の確保に関する条例は、平成29年に制定された。
登山の安全の確保に関し、県の責務(3条)、登山者の責務・遵守事項(4条)及び安全登山指針の策定(5条)を規定したうえで、安全登山推進区域及び安全登山推進重点区域を指定し(6条)、安全登山推進区域を登山する者に登山届の提出の努力義務を課し(7条1項)、冬季(12月1日から翌年3月31日までの間)に安全登山推進重点区域を登山する者に登山届の提出を義務づけている(7条2項)。7条2項の届出をした者に対して、知事は勧告することができる(8条)としている。罰則規定は置いていない。
山梨県登山の安全の確保に関する条例の内容等については、山梨県HP「「山梨県登山の安全の確保に関する条例」について」を参照されたい。
なお、山梨県は、条例制定を検討するに当たって、平成29年4月に「山梨県安全登山対策検討委員会」を設置し、同検討委員会は同年7月に「山梨県安全登山対策検討委員会報告書」を取りまとめている。同報告書は、登山届の提出義務への罰則について、「登山計画書の内容に対し、指導や勧告等を行う体制が必要であり、山域や季節を限定したとしても、現時点で罰則は困難」(8頁)としている。
〇 山梨県の富士山の安全確保に関連する3条例(山梨県富士山における登山の適正化に関する条例、山梨県富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例及び山梨県富士山吉田口県有登下山道整備等事業基金条例)は、富士登山の弾丸登山や混雑対策のため、令和6年に制定された(条例制定の背景、考え方については、山梨県HP「知事記者会見(令和5年12月20日水曜日)及び同知事会見参考資料「富士登山における総合安全確保対策(骨子案)」を参照のこと)。
山梨県富士山における登山の適正化に関する条例は、富士登山の適正化に関し、県及び登山者の責務(3、4条)を定めるとともに、市町村等との連携協力(5条)、登山者に対する要請等(6条)、富士登山の適正化のための措置(7条)、富士登山適正化指導員の委嘱等(8条)等を規定し、山梨県富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例は、富士山吉田口県有登下山道の設置(1条)、利用の許可・使用料の納付(7条)、行為の禁止(8条)、行為の許可等(9条)、利用の制限等(10条~12条)等を規定し、山梨県富士山吉田口県有登下山道整備等事業基金条例は、富士山吉田口県有登下山道整備等事業基金の設置(1条)等を規定している。
3条例の内容等については自治体法務研究2024年冬号条例制定の事例CASESTUDY「山梨県富士山における登山の適正化に関する条例等」を、山梨県の取組みについては山梨県HP「令和6年度の富士登山について」を参照のこと。
〇 平成26年9月27日の御嶽山噴火災害の発生を踏まえ、活動火山対策特別措置法が平成27年に改正され(平成27年7月8日改正公布・同年12月10日改正施行)、「登山者等は、その立ち入ろうとする火山の爆発のおそれに関する情報の収集、関係者との連絡手段の確保その他の火山現象の発生時における円滑かつ迅速な避難のために必要な手段を講ずるよう努めるものとする。」(改正後11条2項)との規定が置かれた。登山者に対して登山届の提出の努力義務が課された(内閣府資料「登山者の努力義務をご存じですか?」参照)とされている。
〇 なお、山岳で遭難し、県の防災ヘリコプターで救助を受けた登山者から、手数料を徴収するとする条例がある。
埼玉県 | 平成30年1月1日改正施行 |
である。
議員提案により、平成29年3月28日に改正公布され、平成30年1月1日に改正施行され、「県の区域内の山岳において遭難し、緊急運航による救助を受けた登山者等(登山者その他の山岳に立ち入った者をいい、知事が告示で定める者を除く。)は、知事が告示で定める額の手数料を納付しなければならない。」(改正後10条1項)、「知事は、災害、経済的困難その他の特別の理由があると認めるときは、前項の手数料を減額し、又は免除することができる。」(改正後10条2項)との規定が置かれた。
改正内容等については、埼玉県HP「埼玉県防災ヘリコプターの救助活動には手数料がかかります」を参照されたい。
前記「山梨県安全登山対策検討委員会報告書」では、防災ヘリの有料化について、「消防組織法では、消防の責任は市町村にあり、費用は市町村負担が原則となっている。多額の経費がかかる防災ヘリは県が肩代わりしているが、行政が負担すべき費用を国民から徴収することは適法性に問題が生じる。また、自由使用である自然公物には、山岳だけでなく河川も該当し、これらの場所での活動には自己責任が求められるため、無謀登山防止のための手段として山岳救助のみを有料化すると公平性が保たれない。さらに、警察ヘリ、救急車や地上部隊(警察、消防等)は無料であり、公平性が保たれないなどの課題がある。これらのことから、引き続き課題整理や先行県での実効性の見極めが必要である。」(8頁)としている。
【スキー場安全条例】
〇 スキー場における事故を防止し、安全の確保を図るため、スキーヤー、スキー場管理者等の責務や遵守事項、自治体が講ずる措置等について定める条例(スキー場安全条例)がある。
長野県野沢温泉村 | 平成22年11月30日公布 | 平成22年12月1日施行 |
である。
野沢温泉村は、「村では、日本にスキーが伝わって100年の節目となる2011年を前に、野沢温泉スキー場を訪れるお客様が、より安全にスノースポーツを楽しんでいただくことを目的に、全国に先駆けて『野沢温泉村スキー場安全条例』を定めました。」(野沢温泉村HP「野沢温泉村スキー場安全条例」)としている。
雪上スポーツの特質を「スキー、スノーボードに代表される雪上滑走用具の全ては、冬山の地勢を利用した高度の危険を内包したスポーツであり、スキーヤーは様々な気象条件のもとで斜面、雪質、コースの変化、混雑状況等に自己の技量、技術を対応させ、スピード、進行方向をコントロールしながら滑走し、自己及び他のスキーヤーの安全に対して責任を自覚し、自己責任のもとに行われるスポーツでなければならない。」(3条)としたうえで、スキーヤー等の遵守義務(2条)、スキーヤー、スキースクール・スキークラブ、競技者、村、指定管理者及び雪上車管理者・雪上車運転者の責務(3条~9条)等を規定している。
村の責務として、「村長は、スキー場区域を定めなければならない。」(7条1項)としたうえで、捜索救助費用の弁償として、「スキーヤーは、第7条第1項に定めるスキー場区域に属さない区域において発生した事故により捜索救助を受けた場合は、その費用を指定管理者に弁償しなければならない。」と規定し、「村が指定したコース・ゲレンデ以外において、捜索救助を受けた者に対する捜索経費の支払い義務を明確にしました。」(野沢温泉村HP「野沢温泉村スキー場安全条例」)としている。
また、指定管理者は「スキー場の秩序を乱し、若しくは乱すおそれがあるスキーヤーの入場を禁止し、又はその者に対し、スキー場からの退去を命じ、若しくはスキー場施設の使用を拒否することができる。」(10条)としている。
なお、野沢温泉村は、村営野沢温泉スキー場の管理運営に関して、「野沢温泉スキー場管理条例」(令和2年12月17日公布・施行)を制定している。
〇 スキー場の管理区域以外で自然の雪山を滑る「バックカントリー」の安全対策については、全国スキー安全対策協議会HP「【バックカントリー対策について】」を参照されたい。また、条例やローカルルールによるバックカントリースキーをめぐる安全対策については、関根正敏・武田作郁・小山さなえ「バックカントリースキーをめぐる安全対策の現状―条例やローカルルールによる地域対応の実態」(作大論集第6号(平成28年3月)239頁以下)が論じている。