方言で書かれた条例

(令和6年10月21日作成)

【はじめに】

〇 本稿では、方言で書かれた条例を取り上げる。とは言っても、条例本文がすべて方言で書かれているものは、確認できない。他方で、条例前文についてはすべて方言で書かれているものや条例前文の一部に方言を使用しているものは、確認できる。また、条例名に方言を使用しているものや条例名に関連した方言を条例本文の一部に使用しているものは、確認できる。

〇 法令における用字・用語の表記については、内閣法制局が決定した「法令における漢字使用等について」(平成22年11月30日付け内閣法制局長官決定)によることとされている(石毛正純「法制執務詳解 新版Ⅲ」(ぎょうせい 令和2年3月)551頁)が、「方言については考慮の範囲外におかれている」(「条例を方言で書けるか」(自治実務セミナー20巻12号(1981年12月))8頁)とされる。 

 この自治実務セミナーの「条例を方言で書けるか」は、「条例は、住民の権利義務を制限しうるものであり、その表現が、あいまいであったり不正確であれば、住民の側の理解をさまたげることとなるばかりでなく、権利行使の公平さを著しく損うことになる」こと、「条例は、その地方公共団体の区域内のすべての人に効力が及ぶものであり、住民のみならず、その区域内に一時滞在する者、旅行者等すべての人に適用されるものである」こと等から、「条例を方言により表現することは著しく不適当であり、又、実際問題としても、およそ考えられないことと言わなければならない。」としている。

〇 他方、条例前文を方言で書くことについては、「方言で規定できるのは、『法規範であるが、裁判規範ではない』とされる前文までが精一杯で、条文そのものを方言で規定することはできないと解されている。」(平谷英明「方言と条例」(地方自治731号(2008年10月)102頁)とされる。

〇 なお、公用文については、「公用文作成の考え方」(令和4年1月7日文化審議会建議、同年1月11日内閣官房長官周知通知)では、「共通語を用いて書くが、方言も尊重する。」(Ⅱ7エ (6)頁)としている。その解説として、「(付)「公用文作成の考え方(文化審議会建議)」解説」では、「公用文は、原則として共通語を用いて書く。一方、方言の持つ価値にも、改めて注目が集まっている。『国語に関する世論調査』によれば、『方言と共通語については、相手や場面によって使い分ければよい。』と考える人が多数を占めている。府省庁の広報やSNSにおいても、方言を尊重し、何らかの効果を狙って活用できる。例えば、大きな災害の後には、『けっぱれ』『がんばっぺ』『かせするもん』など、被災地の方言を用いた応援メッセージが自然発生的に広がり、国の機関でも用いられている。」(Ⅱ7エ 28頁)としている。

 

【前文が方言で書かれている条例】

〇 まず、条例前文がすべて方言で書かれている条例や条例前文の一部に方言を使用している条例を紹介する。以下のような条例が確認できる。

高知県高知市

高知市市民と行政のパートナーシップのまちづくり条例

平成15年4月1日公布

平成15年4月1日施行

岩手県久慈市

久慈市議会基本条例(久慈市議会じぇじぇじぇ基本条例)

平成26年3月4日公布

平成26年3月4日施行

長野県茅野市

茅野市パートナーシップのまちづくり基本条例

平成15年12月25日公布

平成15年12月25日施行

〇 高知市条例は、条例前文をすべて方言で書いている。すなわち、

 「何でまちづくりをするが。
 みんなあにとって、「のうがえいまち」にしたいき。
 なんかあったときに、すっと助け合える関係でおりたいき。
 このまちに住んじょって良かったと思えるようになりたいき。
 市民も行政もまちづくりを進めたいと思いゆう。
 悩みを共有したいし、喜びも分かち合いたい。
 話をしたらみんなあ目指すところは一緒ながよ。
 市民同士,市民と行政がうまいことつながったらえいねえ。
 みんなあでまちづくりができるようになったらえいと思わん。
 ほんで、この条例をきおうてつくったがよ。
 どう、まちづくり一緒にやろうや。」

 である。土佐弁を使用し、土佐弁の前文の後に共通語の前文を併記している。

 その意図を、「市民と行政のパートナーシップのまちづくり条例(仮称)案策定委員会」は、「委員の共通の願いは、わかりやすく使える条例にしたい、ということであった。そのため、わかりやすい言葉や言い回しに普段着感覚の言葉を使いたいと苦労をしたが、条例の性格上、妥協した言い回しとはなった。しかし、想いを表す言葉として、前文には土佐弁と標準語を併記するようにした。土佐弁が表現する想いは標準語において直訳とはならず、意訳となったことをお含みいただきたい。」(「「まちづくり 一緒にやろうや条例(仮称)」の策定についての提言書」(2頁))としている。

〇 久慈市条例も、条例前文をすべて方言で書いている。すなわち、

 「おら達(だぢ)の住む久慈市は、碧い海と緑豊かな大地に囲(かご)まれだ自然いっぺぇの郷土であり、このごどをおら達(だぢ)は誇りに思っている。
 久慈市民(以下「市民」という。)がら直接選ばれだ議員どうで構成する久慈市議会(以下「議会」という。)は、おんなじように市民がら直接選ばれだ久慈市長(以下「市長」という。)どともに、久慈市を代表する機関である。
 この二つの代表機関は、おだげぇに市民の思いに 応(こだ)えるために、議会は議員どうによる合議制の機関どして、市長は独任制の機関どして、 与(あだ)えられだ権限のもどにおだげぇの特性のいいどごを生がして、市民の思いを市政にちゃんと反映させるために競い合ったり、協力し合ったりしながら、久慈市にとって 一番(いぢばん)いい意思決定を導ぐための共通の使命が与(あだ)えられでいる。
 おらぁどう議会は、議会に与(あだ)えられだこの使命を達成するために、これまでにねぇ発想により、まさに“じぇじぇじぇ”な議会を目指していぐべぇという思いを込めで、この条例(通称「久慈市議会じぇじぇじぇ基本条例」という。)をこさえ、市民の思いに力いっぺぇ応(こだ)えでいぐごどを決意する。」

 である。久慈地方の方言を使用しているが、別紙で、「前文の原文」として共通語の前文を掲載している。また、条例の通称を「久慈市議会じぇじぇじぇ基本条例」としている。

 その意図を、久慈市議会は、「条例前文には久慈地方の方言を用いています。議会基本条例は、議会が目指すべき姿を掲げ、そのことを市民と約束する大事な条例であるという策定議論のもと、多くの市民に知っていただき、条例(議会)に親しみを感じていただきたいという思いから、内容の難しい前文を方言を使って分かりやすくしました。」(久慈市議会HP「「議会改革について」)としている。なお、前文を久慈地方の方言で書くことについて、パブリックコメント段階では、市民の間では賛否の両論があったことが窺える(「「久慈市議会基本条例(素案)」に対する意見と議会の考え方 」参照)

〇 茅野市条例は、前文の一部、正確に言うと、「条例制定のプロローグ(前書き)」(茅野市HP「茅野市パートナーシップのまちづくり基本条例」)の一部に、方言を使用している。すなわち、

 「『ごしたいけどおもしろいな』。こんな言葉があちこちで交わされ、『みんなで知恵を出し合い、ずくを出し、汗を流そう』を合い言葉に、茅野市のパートナーシップのまちづくりは広がっていく。」(下線は地方自治研究機構)と記述し、

 その注として、「*『ごしたい』この地域で使われる方言で『疲れた』を意味します。 」、「*『ずく』この地域で使われる方言で『ものごとに立ち向かう気力や活力など』を意味します。」と記述している。

 

【条例名に方言を使用している条例等】

〇 次に、条例名に方言を使用している条例や条例名に関連した方言を条例本文の一部に使用している条例を紹介する。例えば、以下のような条例がある。

沖縄県しまくとぅばの日に関する条例平成18年3月31日公布

平成18年3月31日施行

沖縄県石垣市

石垣市つんだみブランド使用料条例

平成19年6月15日公布

平成19年7月1日施行

鹿児島県与論町

ユンヌフトゥバの日に関する条例

平成20年3月13日公布

平成20年3月13日施行

富山県氷見市

きときと氷見食のまちづくり条例

平成20年12月16日公布

平成20年12月16日施行

岩手県遠野市

遠野市わらすっこ条例

平成21年3月23日公布

平成21年4月1日施行

長野県泰阜村

泰阜村ひとねる条例

平成26年3月28日公布

平成26年3月28日施行

新潟県阿賀町

阿賀町ごっつぉ条例

平成27年3月19日公布

平成27年3月19日施行

沖縄県那覇市

めんそーれ那覇市観光振興条例

平成27年3月24日公布

平成27年4月1日施行

沖縄県宜野湾市

宜野湾市ターウムの日に関する条例

平成27年6月30日公布

平成27年7月1日施行

山口県

おいでませ山口観光振興条例

平成27年12月22日公布

平成27年12月22日施行

三重県名張市 「食べてだあこ」名張のお菓子でおもてなし条例平成28年12月2日公布

平成28年12月2日施行

〇 沖縄県条例は、「県内各地域において世代を越えて受け継がれてきたしまくとぅばは、本県文化の基層であり、しまくとぅばを次世代へ継承していくことが重要であることにかんがみ、県民のしまくとぅばに対する関心と理解を深め、もってしまくとぅばの普及の促進を図るため、しまくとぅばの日を設ける。」(1条)としている。

 「しまくとぅば」とは、文字通り「しまのことば」という意味であり、「沖縄で話されている言語を含む、日本列島の最南端の島々で話されていることばを指す言葉です。『しまくとぅば』の『しま』は、『村落』、『島』をあらわすだけでなく、『故郷』という意味も持ちます。よって、『しまくとぅば』は『生まれ故郷のことば』ということもできるのです。」(OIST HP「しまくとぅばの日」)とされる。

 「しまくとぅばの日は、9月18日とする。」(2条)としているが、これは9(く)、10(とぅ)、8(ば)の語呂合わせとされる。

 沖縄県は、「しまくとぅば」の普及推進を図るため「しまくとぅば普及推進計画」及び「しまくとぅば普及推進行動計画」を策定している(沖縄県HP「「しまくとぅば普及推進計画」及び「しまくとぅば普及推進行動計画」 概要」参照)。

〇 石垣市条例の条例名にある「つんだみ」とは、「八重山方言で沖縄の伝統楽器である三線などの弦を調音すること」(2条1号)とされる。

〇 与論町条例は、「本町固有の文化であるユンヌフトゥバが衰退しつつある現状にかんがみ、ユンヌフトゥバの素晴らしさ・大切さを認識してもらうとともに、その保存・伝承を図るため、ユンヌフトゥバの日を設ける。」(1条)とし、「ユンヌフトゥバの日は、2月18日とする。」(2条)としている。

 「「ユンヌフトゥバ」とは、与論(ユンヌ)の言葉(フトゥバ)という意味で、2(フ)10(トゥ)8(バ)の語呂合わせで2月18日となっています。」(鹿児島県HP「大島地区「方言の日」」)とされる。

〇 氷見市条例の条例名にある「きときと」とは、富山の方言で「新鮮。精力的なこと。」(全国方言辞典 「きときと (富山の方言) の意味」)とされる。

〇 遠野市条例の条例名にある「わらすっこ」とは、東北地方の方言で「子供」の意味(東京大学HP「遠野分室ものがたり」)とされる。遠野市条例は、前文冒頭で「わらすっこ(以下「子ども」といいます。)の皆さん」と記述し、以下、「わらすっこ」を「子ども」に置き換えている。

〇 阿賀町条例の条例名にある「ごっつぉ」とは、新潟県の方言で「ごちそう」の意味( 新潟県観光協会HP「新潟県の方言紹介」)とされるが、阿賀野町条例では「ごっつぉ」を「阿賀町の郷土料理及び特産品」(2条1号)と定義づけている。

〇 那覇市条例の条例名にある「めんそーれ」とは、沖縄の方言で「いらっしゃい」の意味(全国方言辞典 「めんそーれー (沖縄の方言) の意味」)とされる。那覇市条例は、前文で「イチャリバチョーデー」、「ユイマール」及び「ウトゥイムチ」という方言も使用している。

〇 宜野湾市条例の条例名にある「ターウム」については、前文で「ターウム(田芋又は水芋を意味する方言)」としている。また、宜野湾市条例は、前文で「ターウムのター(ターチ:2を意味する方言)と、ム(ムーチ:6を意味する方言)の語呂合わせをとり、宜野湾市ターウムの日を設ける。」とし、2月6日を「宜野湾市ターウムの日」(2条)としている。

〇 山口県条例の条例名にある「おいでませ」とは、山口の方言で「いらっしゃいませ」の意味(全国方言辞典 「おいでませ (山口の方言) の意味」)とされる。

〇 名張市条例の条例名にある「食べてだあこ」とは、三重の方言で「食べてください」の意味(名張市議会HP「なばり市議会だより平成29年1月号6頁」)とされる。



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