オーバーツーリズム対策に関する条例
(令和7年4月14日作成)
【オーバーツーリズム対策に関する条例】
〇 コロナが終息して以降、インバウンド客を含む観光客が増加し、多くの観光地が賑わいを取り戻し、地域経済が活性化する一方、一部の観光地においては、観光客の過度な混雑やマナー違反等が地域の生活環境や自然環境に悪影響を与えている。こうしたオーバーツーリズムに対応しつつ、観光客の受け入れと住民の生活の質の確保を図りながら、持続可能な観光地域づくりをどのように実現するかが、課題となっている。
本稿では、オーバーツーリズムへの対応を規定する条例を取り上げる。以下のような条例が確認できる。
北海道美瑛町 |
令和5年3月16日公布 |
令和5年4月1日施行 |
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沖縄県竹富町 | 令和5年9月22日公布 | 令和5年11月10日施行 | |
令和5年9月22日公布 | 令和5年11月10日施行 |
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山梨県 | 令和6年3月15日公布 | 令和6年3月15日施行 | |
令和6年3月15日公布 | 令和6年7月1日施行 | ||
静岡県 | 令和7年3月27日公布 | 令和7年5月9日 | |
令和7年3月27日公布 | 令和7年5月9日 |
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長野県白馬村 |
令和7年3月18日公布 |
白馬村宿泊税条例施行の日施行 |
である。
(美瑛町の条例)
〇 美瑛町は、「ヨーロッパの農村風景にも似た雄大な丘陵地帯が広がり、美しい眺めと安らぎを求めて国内外から多くの観光客が訪れる、北海道有数の人気観光地」であり、「トレッキングや紅葉を楽しめる十勝岳、大雪山系に抱かれた白金温泉、青く輝く水を蓄えた神秘的な『青い池』といった観光スポットに加え、季節や作物によって異なる彩りが広がる丘陵地『パッチワークの丘』や、SNSのパッチワークの丘『映えスポット』として人気のある『クリスマスツリーの木』といった、美瑛町の『日常生活の中にある風景』が、観光客の人気を集めて」いるが、畑等の私有地への無断侵入や交通渋滞等のオーバーツーリズムの問題が発生している(JTB総合研究所HP「実りある大地と観光の共存に向けて~美瑛町における観光DXを活用したオーバーツーリズムの解消と観光マナー啓発への取り組み~」)とされる。
〇 こうしたことを踏まえ、美瑛町は、「四季折々の彩り豊かな自然景観や農業景観、良質な温泉、おいしい食材などの恵まれた資源は、美瑛町に住む私たちにとってかけがえのない財産です。こうした財産を、まちに訪れる皆さんと町、町民、観光事業者が協力・連携して守り、育てることで次世代へ引き継ぎ、持続可能な観光目的地となることを目指して」(美瑛町HP「美瑛町持続可能な観光目的地実現条例」)、令和5年3月「美瑛町持続可能な観光目的地実現条例」を制定した。
本条例は、基本理念(3条)、町の責務と役割(4条)、町民、観光事業者及び訪問者の役割(5条)、美瑛町観光マスタープランの策定(6条)等の規定のほか、「何人も、良好な景観に損害を及ぼすおそれのある行為及び生活環境の保全に支障をきたすおそれのある行為をし、又はさせてはなりません。」(7条1項)及び「何人も、他人の私有地に無断で立入りをしてはなりません。」(7条2項)と規定し、迷惑行為を禁止するとともに、「町長は、前条の行為が認められるときは、期間を定めて立入制限区域を指定することができます。」(8条1項)と規定し、迷惑行為が発生した場合には立入制限区域を指定できるとしている。
〇 美瑛町は、オーバーツーリズム対策として、本条例の制定のほか、「観光地混雑状況可視化システム」(カメラとデジタルサイネージにより観光客に主要な観光地の混雑状況を知らせるシステム)の設置や「パーク・アンド・ライド」の推進等を実施しているが、さらに宿泊税及び駐車場利用税の導入を計画している(美瑛町HP「美瑛町観光振興の財源検討委員会」及び「宿泊税及び持続可能な観光税の導入に係る懇談会」を参照)。
(竹富町の条例)
〇 竹富町の西表島は、「イリオモテヤマネコをはじめとする数多くの希少種や固有種が生息・生育しており、2021年7月に同じ南西諸島の奄美大島、徳之島、沖縄島北部とともに『生物多様性』の登録基準で世界自然遺産に登録され」、「海岸部や周辺海域には自然海岸やリーフが発達したサンゴ礁が各所に見られ、美しい景観を織りなし」、「豊かな自然を活かした観光産業が盛んに行われて」いる一方で、「多数の観光旅行者の来訪により、定期船や水道といったインフラへの負荷や、観光旅行者のマナーの問題、イリオモテヤマネコの交通事故の増加といった課題が見られ」、このため、「観光客の訪問レベルを管理する仕組みづくりなどが求められて」いる(竹富町西表島エコツーリズム推進協議会作成「西表島エコツーリズム推進全体構想」1頁、2頁)とされる。
〇 「エコツーリズム推進法」に基づき、竹富町西表島エコツーリズム推進協議会が「西表島エコツーリズム推進全体構想」を作成し、令和4年12月に主務大臣の認定を受けたが、同全体構想は、「西表島の世界遺産地域を含む利用フィールドについて利用のルールを定めるほか、一部のフィールドについては、特定自然観光資源に指定して立入制限の仕組みを設けることにより、利用者数(訪問レベル)の管理を行うこと」(3頁)とし、特定自然観光資源に位置づけることとした5つのフィールドについては、法10条1項の規定にしたがって、1日当たりの立入人数に上限を設定するほか、推進協議会の認めるガイドの同行等を立入りの承認条件とする(77~79頁)こととしている。
竹富町は、令和5年9月に、令和元年制定の「竹富町観光案内人条例」を全部改正して、登録引率ガイドの選任・認可(21条)等の規定を置くとともに、「竹富町エコツーリズム推進法の施行等に関する条例」を制定して、立入承認事務手数料の徴収等を定めた。そして、令和6年8月に、「西表島エコツーリズム推進全体構想に従い特定自然観光資源を指定する件」及び「西表島エコツーリズム推進全体構想に従い特定自然観光資源の所在する区域への立入りを制限する件」を告示し、5つのフィールドを特定自然観光資源に指定するほか、各フィールド毎の立入制限人数の上限を定めるとともに、登録引率ガイドを同行することや立入承認事務手数料を納付していること等を立入承認審査基準とすること等を定め、令和7年3月からこれらの立入制限を実施している(竹富町HP「西表島の一部フィールドにおける利用人数制限(特定自然観光資源)の開始について」及び自治体法務研究2024年冬号「沖縄県竹富町 西表島における適正利用とエコツーリズムの推進について」参照)。
〇 なお、竹富町は、「観光等の来訪により発生する標準以上の行政需要に対応するために必要となる利用者負担の仕組み構築に向けた検討」等を行うため、令和4年7月に「竹富町における利用者負担の仕組み構築に向けた検討会」を設置し、同検討会は、令和4年12月に「竹富町における利用者負担の仕組みの構築について(報告書)」を取りまとめ、来訪者を対象とする法定外普通税である「竹富町訪問税(仮称)」の検討を提案し、それを踏まえ、令和5年6月に「竹富町訪問税(仮称)審議委員会」を設置し、同審議委員会は令和6年1月に「竹富町訪問税(仮称)の導入について 報告書」を取りまとめた。
(山梨県及び静岡県の条例)
〇 富士山登山については、「令和5(2023)年の夏シーズンの富士山登山者数は約22万1千人と、新型コロナウィルス感染症流行前(2019年)の水準に回復した。国内外からの多くの利用者が、富士山を目指してこの地を訪れ、魅力を体感している・・・一方で、特定の時期の特定の登山道では著しく混雑が発生していたほか、一部の利用者の中には、利用に関するマナーの啓発や情報発信に耳を傾けず、他の利用者に対して迷惑な行為を行う者、危険な軽装登山を行う者、弾丸登山をする者等があった。これらは、他の利用者の満足度を下げ、自然環境を毀損するおそれがあるほか、場合によっては本人の生命をも危険にする行為であり、オーバーツーリズムの課題として対応が必要である。」(富士山における適正利用推進協議会「富士登山オーバーツーリズム対策パッケージ(令和6年3月28日)」1頁)とされている。
〇 こうしたことを踏まえ、山梨県は、富士登山の弾丸登山や混雑対策のため、令和6年3月に「山梨県富士山における登山の適正化に関する条例」、「山梨県富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例」等を制定し、登下山道の利用の許可、使用料の徴収、一定時間帯における登下山道閉鎖、1日当たり登山者数の上限設定等の措置を実施し、静岡県も、富士登山の安全確保と富士山の環境保全のため、7年3月に「静岡県富士登山条例」等を制定し、入山の届出、入山手数料の徴収、講習の修了や一定時間帯の入山者の山小屋宿泊等の登山規制を行うこととした。
〇 山梨県富士山における登山の適正化に関する条例及び山梨県富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例は、山梨県富士山吉田口県有登下山道整備等事業基金条例と併せて、令和6年に制定された(条例制定の背景、考え方については、山梨県HP「知事記者会見(令和5年12月20日水曜日)」及び同知事会見参考資料「富士登山における総合安全確保対策(骨子案)」を参照のこと)。
富士山における登山の適正化に関する条例は、富士登山の適正化に関し、県及び登山者の責務(3、4条)を定めるとともに、市町村等との連携協力(5条)、登山者に対する要請等(6条)、富士登山の適正化のための措置(7条)、富士登山適正化指導員の委嘱等(8条)等を規定し、富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例は、富士山吉田口県有登下山道の設置(1条)、登下山道利用の許可及び使用料の納付(7条)、行為の禁止(8条)、行為の許可等(9条)、利用の制限等(10条~12条)等を規定している。なお、登下山道の使用料は、令和6年度は2千円としていたが、令和7年度以降は4千円としている(富士山吉田口県有登下山道設置及び管理条例別表)。
山梨県の条例の内容等については自治体法務研究2024年冬号条例制定の事例CASESTUDY「山梨県富士山における登山の適正化に関する条例等」を、山梨県の取組みについては山梨県HP「令和6年度の富士登山について」を参照されたい。
〇 静岡県富士登山条例は、令和7年に制定された。入山をする登山者の遵守事項(知事が指定する講習を修了すること、夜間の時間帯において入山をする場合は山小屋に宿泊すること等 3条)、入山届の義務づけ(4条)、入山証の交付及び携帯の義務づけ(5条)等を規定している。なお、静岡県手数料徴収条例の改正(別表96)により、入山手数料を4千円徴収することとしている。
静岡県の条例の内容等については、静岡県資料「条例等による富士登山規制の骨子」を参照されたい。
(白馬村の条例)
〇 白馬村は、「白馬村は民宿発祥の地であり、登山やスキーを中心に観光産業が発展し、1998年冬季長野五輪をきっかけに世界にその名が知られるようになりました。長野五輪後の経済不況を乗り越え、冬季を中心に海外からも多くの観光客が訪れています。一方で、道路や水道、ごみ処理等の社会的基盤施設は繁忙期の需要に応じて人口規模を上回る整備が求められ、五輪関連施設の運営や冬季の除雪、観光・スキー等関連団体への負担金など白馬村特有の支出も多く、一部の辺地を除いて全村的に過疎等の条件不利地域にも該当せず、限られた財源の中で観光振興や住民福祉の充実など幅広い分野で施策を推進していく必要があります。」(白馬村資料「白馬村観光振興のための財源確保に関する検討の趣旨と経過 」1頁)とされるとともに、「令和5年度に観光庁持続可能な観光推進モデル事業への採択を受け、持続可能な観光への取り組みを進めています。」(白馬村HP「持続可能な観光への取り組み」)とされる。
〇 こうしたことを踏まえ、白馬村は、「本村の観光地経営に関し、基本理念を定め、村の責務並びに村民、観光事業者、観光関係団体及び来訪者の果たすべき役割を明らかにするとともに、観光地経営に必要な財源の確保とその使途の基本方針を定めること」(1条)を目的として、令和7年3月に「白馬村持続可能な観光地経営に関する条例」を制定した。
本条例は、基本理念(3条)、村の責務(4条)、村民、観光事業者、観光関係団体及び来訪者の役割(5条~8条)、白馬村観光地経営ビジョンの策定(9条)、白馬村観光地経営会議の設置(10条)等の規定のほか、財源の確保として「村長は、経営ビジョンに定める事項を推進するための事業に要する費用に充てるため、地方税法(・・・)第5条第7項の規定に基づき、宿泊税を課する。」(11条1項)及び「前項に規定するもののほか、宿泊税については、別に条例で定める。」(11条2項)と規定し、別途「白馬村宿泊税条例」の制定と併せて、宿泊税を課すことを明確にし、その宿泊税の使途として、①来訪者の利便性及び満足度向上に資する事業、② 来訪者のマナー向上並びに滞在中の観光防災及び感染症対策に資する事業、③来訪者が訪れることで生じる自然環境や住民生活への負荷を抑えるための事業、④課題抽出及び事業の評価指標の設定並びに効果検証に必要な調査及び計画に関する事業を掲げる(12条)とともに、これらの事業に要する費用に充てるため白馬村観光地域づくり基金を設置する(14条)としている。
本条例の内容については、白馬村HP「白馬村持続可能な観光地経営に関する条例」を参照されたい。
〇 白馬村の宿泊税については、「令和6年度 観光振興のための財源確保検討委員会」及び同検討委員会の下に置かれる「宿泊税検討部会」で検討が進められた。宿泊税の内容については、白馬村HP「白馬村宿泊税制度(案)」を参照されたい。
【オーバーツーリズムに対する政府の取組み等】
〇 政府は、オーバーツーリズムに対応するため、令和5年9月に「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に関する関係省庁対策会議」を設置し、同対策会議での検討を踏まえ、同年10月に観光立国推進閣僚会議が「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を決定した。
同パッケージでは、観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応(需要の適切な管理)の取組みの例として、〇エコツーリズム推進法や自然公園法に基づく入域規制やガイド同伴の義務化(沖縄・西表島等)、〇富士山での適正な入山管理、軽装登山、ごみ投棄等について、今秋から協議を開始、〇観光施設・駐車場予約システムやパーク&ライド駐車場整備等への支援(北海道美瑛町ほか各地)等を掲げている。
政府の取組みについては、観光庁HP「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取組」を参照されたい。
〇 なお、自治体におけるオーバーツーリズム対策の取組みについては、自治体法務研究2024年冬号特集「オーバーツーリズムと自治体の対応」を参照されたい。
【宿泊税等の取組み】
〇 以上で見るように、オーバーツーリズム対策や観光インフラの整備等の経費に充てるため、白馬村は宿泊税を課すこととして「白馬村宿泊税条例」を制定したほか、美瑛町は宿泊税及び駐車場利用税の導入を検討し、竹富町は竹富町訪問税の導入を検討している。
〇 このように、近年、宿泊税等を課す自治体が増加している。
宿泊税(法定外目的税)については、7年4月1日時点で3都府県(東京都、大阪府、福岡県)、9市町(京都市、石川県金沢市、北海道倶知安町、福岡市、北九州市、長崎県長崎市、北海道ニセコ町、愛知県常滑市、静岡県熱海市が課税をし、札幌市、北海道小樽市、釧路市、北見市及び網走市(以上の5市は令和8年4月1日施行)、北海道赤井川村(令和7年11月1日施行)、宮城県(令和7年秋以降施行)、仙台市(令和7年11月目途施行)、岐阜県高山市及び下呂市(令和7年10月1日施行)、島根県松江市(令和7年12月1日施行)、広島県(令和8年4月1日施行)は課税を予定(総務大臣同意済み)している。
また、岐阜県は乗鞍環境保全税(法定外目的税)を課し乗鞍鶴ヶ池駐車場への進入に対して課税をし、沖縄県伊是名村、伊平屋村及び渡嘉敷村は環境協力税(法定外目的税)を、沖縄県座間味村は美ら島税(法定外目的税)をそれぞれ課し村の区域への入域に対して課税をし、広島県廿日市市は宮島訪問税(法定外普通税)を課し宮島への入域に対して課税をしている。
〇 法定外税の状況については、総務省資料「法定外税の状況(令和7年4月1日現在)」を参照されたい。