庁内でのビデオ撮影は禁止できるか

当市では、当市市庁舎内において、当市に対する要請・陳情行動を行う場合に、要請者・陳情者等がその場面をビデオ録画あるいは写真撮影を行おうとすることがあります。このような場合、庁舎管理権に基づいて録画・撮影行為を禁止することができますか。また、録画・撮影を禁止したにもかかわらず、これを無視して録画・撮影行為に出ようとした場合には、何らかの強制手段を講ずることができますか。さらに、住民に対する説明会を庁舎外で開催する場合において、ビデオ録画あるいは写真撮影を禁止することはできますか。

庁舎管理権とは、「公物管理者たる庁舎の管理者が、直接、国又は地方公共団体等の事務又は事業の用に供するための施設としての本来的機能を発揮するためにする一切の作用」をいいます(原龍之助『公物管理法』(新版再版)235頁)。すなわち、「施設としての本来的機能を発揮するために」必要な一切の措置をとることができます。その法律的性質は、民間企業における会社の建物・敷地等の企業施設を管理する権利の根拠が所有権にあるのと同じです。通常は、公物管理権に基づくものと説明されますが、公共団体所有の施設の場合には所有権、賃借している施設の場合には賃借権に基づく側面も併せ有しています。

庁舎管理権がこのような性質の権利である以上、庁舎内においてビデオ録画あるいは写真撮影する行為を、庁舎管理権によって禁止することは、一定の条件のもとに可能と考えます。すなわち、ビデオ録画あるいは写真撮影が「施設としての本来的機能を発揮するために」支障となる場合には、当然に禁止することができます。

それでは、どのような場合に、「施設としての本来的機能を発揮するために」支障となるかですが、ビデオ録画あるいは写真撮影の場合、行為者が写そうとした対象以外に、その周辺の様子、背景までもすべて画面内に取り込むことになりますから、その結果として、事務室内の資料、他の来庁者の姿を無差別に取り込むことになる危険性が高いと言わざるを得ません。この結果、執務をしている市の職員としては、机上に広げている書類を閉じたり、遮蔽物をおいたりして、事務室内の資料が録画・撮影されることを防ぐ必要が生じることもあります。また、来庁者の姿を無断で録画・撮影することとなれば、住民が必要に応じて自由に庁舎内に入る自由を制限するとともに、違法な個人情報の収集にもなりかねません。

もちろん、以上のような懸念がない場合にまで、一律にビデオ録画・写真撮影を禁ずる必要はありません。

そこで、庁舎管理権の適正な行使を確保するためには、庁舎管理規則において、ビデオ録画・写真撮影について、事前の許可を必要とする旨及び庁舎の執務及び来庁者の個人情報の保護に支障がないときには、許可することができる旨の規定を設けることが好ましいものと考えます。

なお、庁舎管理規則は、行政組織の内部的規律ですから、当然には住民を拘束しませんから、かかる性質の庁舎管理規則において、来庁者の行為を規制することが可能かという問題はあります。すなわち、法律留保の原理からすれば、住民の権利義務を制約するには、法律又は条例に基づく必要があるからです。しかし、庁舎管理権が所有権ないし賃借権に基づくものである以上、公権力の行使ではなく、対等当事者間の法律関係と考えれば、私法上の権利があれば、法律留保の原理に反することはないものと考えます。それでも、なお心配される場合には、庁舎管理条例を制定し、来庁者に対する規制内容を条文化することとなります。

次に、庁舎管理規則において、ビデオ録画・写真撮影を原則禁じる旨の規定をおき、庁舎管理者の指示、説得をした場合において、これを無視してビデオ録画あるいは写真撮影を強行しようとする者が現れるという事態に至った場合、庁舎管理者として、どのような対応がとれるかを検討します。

このような場合において、参考となる事例があります。1つは、議会において傍聴券を得られなかった集団が議員等の庁舎内への入場を阻止するために座り込んだのに対し、庁舎管理者が退去命令を行ったうえで、所属職員をして、これらの者を排除するために順次引っ張り出した行為の正当性が問われた事例で、裁判所は「庁舎管理者は所属職員に命じて右集団を庁舎外に運び出し、あるいは押し出す程度の実力による排除行為をなし執務の正常な状態を回復しようとすることは許容されるところである」としています(東京高等裁判所昭和52年11月30日判決、判例時報880号99頁)。

もう1つは、逮捕行為に対する抗議のために警察署内で抗議を行った集団に対し、庁舎管理者が所属警察職員に命じて庁舎外に排除した事例で、裁判所は「庁舎管理権は、単なる公物管理権にとどまるものではなく、公物管理の側面から、庁舎内における官公署の執務につき、本来の姿を維持する機能を含むものであり、一般公衆が自由に出入りしうる庁舎部分において、外来者が喧騒にわたり、官公署の執務に支障が生じた場合には、官公署の庁舎の外に退去するように求める権能及びこれに応じないときには、官公署の職員に命じて、これを庁舎外に押し出す程度の排除行為をし、官公署の執務の本来の姿を維持する権能をも、当然に包含している」としています(東京高等裁判所昭和52年2月24日判決、判例時報819号101頁)。

これらの事例を参考にすれば、ビデオ録画あるいは写真撮影により、庁舎内の執務、来庁者の個人情報の保護に支障が出ることが明らかであると判断される場合には、録画者・撮影者が庁舎内に立ち入ることを物理的に阻止すること、あるいは既に庁舎内にいる場合には、押し出す程度の有形力の行使は許されるものと考えられます。ただし、物理力の行使は、緊急性がある場合に限り、可能な限り、混乱が予想される場合には、あらかじめ警察の協力を求めておくべきでしょう。最後に、庁舎外における説明会においては、庁舎管理権は及びません。ただ、説明会の場合には、市が行う事業に対する賛成、反対意見が出るのが通常でしょうから、自由な発言を確保するために、あらかじめ説明会開催通知において、ビデオ録画あるいは写真撮影、録音を禁止する旨を明記するとともに、当日の説明内容、質疑については記録を作成し、希望者には配布する措置を講ずることにより、発言の自由と記録の保存ができると思います。