訴訟記録の開示請求

当市を被告とする損害賠償請求事件(以下「本件事件」と言う。)が提起され、当市に対して損害賠償の支払いが命じる判決が出されて確定しました(以下「本判決」と言う)。これに対し、市民から本判決を含む訴訟記録について情報公開条例に基づく開示請求(閲覧および謄写請求)がなされました。この場合、当市は、開示請求(特に写しの交付)に応じる義務がありますか。仮に閲覧および写しの交付を行う場合、情報公開条例上、非公開とすべき情報を一部非開示とすることは可能でしょうか。

(参考条文)
民事訴訟法

(訴訟記録の閲覧等)
第91条 何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。
2 公開を禁止した口頭弁論に係る訴訟記録については、当事者及び利害関係を疎明した第三者に限り、前項の規定による請求をすることができる。
3 当事者及び利害関係を疎明した第三者は、裁判所書記官に対し、訴訟記録の謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は訴訟に関する事項の証明書の交付を請求することができる。
4 前項の規定は、訴訟記録中の録音テープ又はビデオテープ(これらに準ずる方法により一定の事項を記録した物を含む。)に関しては、適用しない。この場合において、これらの物について当事者又は利害関係を疎明した第三者の請求があるときは、裁判所書記官は、その複製を許さなければならない。
5 訴訟記録の閲覧、謄写及び複製の請求は、訴訟記録の保存又は裁判所の執務に支障があるときは、することができない。
(秘密保護のための閲覧等の制限)
第92条 次に掲げる事由につき疎明があった場合には、裁判所は、当該当事者の申立てにより、決定で、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
一 訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。
二 訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第2条第6項に規定する営業秘密をいう。第132条の2第1項第3号及び第2項において同じ。)が記載され、又は記録されていること。
2 前項の申立てがあったときは、その申立てについての裁判が確定するまで、第三者は、秘密記載部分の閲覧等の請求をすることができない。
3 秘密記載部分の閲覧等の請求をしようとする第三者は、訴訟記録の存する裁判所に対し、第1項に規定する要件を欠くこと又はこれを欠くに至ったことを理由として、同項の決定の取消しの申立てをすることができる。
4 第1項の申立てを却下した裁判及び前項の申立てについての裁判に対しては、即時抗告をすることができる。
5 第1項の決定を取り消す裁判は、確定しなければその効力を生じない。

 

第1設問前段について ~訴訟記録の情報開示義務~

1 民事訴訟法における閲覧謄写請求と情報公開条例における閲覧謄写請求制度

(1)民事訴訟法上の閲覧・謄写請求の要件

民事訴訟法上、訴訟記録を「閲覧」することは原則として何人でも可能です(民事訴訟法第91条第1項)。しかし、訴訟記録の「謄写」、その正本・謄本もしくは抄本の「交付」又は訴訟に関する事項の証明書の「交付」を請求することができるのは、「当事者及び利害関係を疎明した第三者」に限られます(同条第3項)。

ここで、民事訴訟法における訴訟記録とは、一定の事件に関して裁判所及び当事者の共通の資料として利用される受訴裁判所に保管される書面の総体を言う。具体的には、弁論関係書類(調書、判決書、訴状・答弁書・準備書面等)、証拠関係書類(目録、証拠説明書、書証写し、証拠調調書、嘱託回答書、証拠申出書)、その他の書類(督促事件記録、代理及び資格証明関係書類、強制執行停止事件記録、その他)を言います。

(2)情報公開条例上の閲覧謄写請求権

情報公開条例における閲覧・謄写の対象は、「実施機関が作成し、又は取得した文書(中略)その他の一定の事項を記録しておくことのできるこれらに類する物であって、実施機関が管理しているもの」を言います。

そして、情報公開条例上、原則として「何人も実施機関に対して公文書の開示を請求することができる」とされます。そして、「公文書の開示」とは、「公文書を閲覧に供し、又は公文書の写しを交付すること」を言います。

2 問題の所在

(1)閲覧・開示請求における民事訴訟法と情報公開条例との比較

以上のように、民事訴訟法上は、閲覧請求が認められる要件と謄写請求が認められる要件は異なります。しかし、情報公開条例においては、閲覧請求と謄写請求(写しの交付)は、区別されることはなく、同一の要件で認められているのです。

よって、市民が、市が当事者となっている訴訟記録の写しを入手したい場合、裁判所に対して謄写の請求した場合は入手できない可能性がありますが、情報公開条例に基づいて謄写の請求をすれば入手出来ることになりそうです。このような取り扱いが妥当かどうかがここでの問題となっています。

(2)論点①訴訟記録が開示の対象となる「公文書」と言えるか

地方公共団体が当事者となって追行された訴訟の訴訟記録も、「実施機関が作成し、又は取得した文書(中略)であって、(中略)実施機関が管理しているもの」です。したがって、閲覧謄写の対象となる公文書となります(訴訟記録に関して、三重県情報公開審査会平成17・11・11答申、口頭弁論調書について長野市公文書公開審査会昭和63・9・19答申参照)。

(3)論点②他の制度との調整規定

情報公開条例において、「実施機関は、法令(等)の規定による閲覧もしくは縦覧又は謄本(等)の写しの交付の対象となる公文書については、公文書の開示をしないものとする」との規定が存在することが通例です。

これは、「法令又は他の条例により開示される限度において、その公文書につき本条例の開示をしないこととしたもの」に過ぎません。したがって、「法令(等)の規定によって閲覧等の手続が既に定められている公文書であっても、当該法令又は他の条例の規定によっては閲覧等の目的を達せられない場合には、本条例の定めにより、開示非開示の決定をすること」になります(『情報公開条例ハンドブック』121頁)。

3 結論

以上のとおり、市の保管する訴訟記録は、「公文書」です。したがって、情報公開条例の開示の対象となる以上、閲覧・謄写の対象となります。すなわち、市は、民事訴訟法第91条第3項の定めにかかわらず、市民から写しの交付を請求された場合には、写しを交付する義務があるということになります。

 

第2設問後段について ~情報公開条例上非公開とすべき情報を一部非開示とすることの可否~

1 閲覧等の制限規定

(1)民事訴訟法上の制限

民事訴訟法上、当該当事者により「訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがある」ことなど、民事訴訟法第92条第1項各号記載の事実が存在することを疎明した場合、裁判所は、当該訴訟記録中当該秘密が記載され、又は記録された部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができるとされています。

(2)情報公開条例上の非開示事由

情報公開条例上、「個人に関する情報であって、特定の個人を識別しうるものについて」は、「法令等の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」を除き、非開示情報と規定していることが通例です。

2 問題の所在

以上からすると、一見、情報公開条例における非開示事由に該当すれば、非開示とすることに問題はなさそうです。

一方で、民事訴訟法第91条第1項は、「何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる」と規定しています。したがって、問題は、同条の規定によって、情報公開条例における「法令等の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」と言えてしまうのではないかという点です。

3 結論

この点、民事訴訟法は、個人情報やプライバシーを保護するために、秘密記載記録に対する閲覧謄写の制限規定を設けていることは既述の通りです(第92条)。したがって、情報公開条例における非開示事由に該当すれば、非開示とすることに問題はありません。

しかし、民事訴訟法における閲覧等の制限事由と情報公開条例における非開示事由はその要件が必ずしも一致しておりません。条文の文言を形式的に読めば、民事訴訟法における制限規定の方が厳格な要件を設定しているように読めます。では、双方に要件の広狭はあるのでしょうか。

この点について、三重県情報公開審査会(平成17・11・1答申)は、「情報公開条例の非開示情報は私生活についての重大な秘密であって、民訴法第92条第1項第1号の事由に該当するおそれのある情報と認められる。このような情報は(中略)、保護する必要性の高いものであり、また民事訴訟法第92条第1項により閲覧等の制限が行われる可能性の高い情報であって、「法令等の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」に含むべきではないと述べています。したがって、情報公開条例に基づいて開示請求された場合、開示非開示の判断は、情報公開条例の非開示事由の解釈に則って判断してよいものと考えます。