横領を行った元職員に対する賠償命令

当市の元職員(収入役の事務を補助する職員)による市税の横領行為が発覚し、監査委員は、地方自治法243条の2第3項に基づき、元職員に金3000万円の賠償責任がある旨決定しました。市長が、同決定に基づき、元職員に対して賠償を命じたところ、元職員は、横領の事実については認めつつも、その金額は金3000万円ではなく、金2000万円だけであると主張しています。

元職員は、本件賠償命令に対し、地方自治法第243条の2第10項に基づく異議申立てをしました。
この場合、市長は、監査委員の決定に基づく処分であることのみを理由に当該異議申立てを却下することができるのでしょうか。
①の回答へ
元職員が、本件賠償命令について、賠償額2000万円を超える部分の取消しを求める処分取消請求訴訟を提起したところ、裁判所は、元職員の主張を認めて請求認容判決を出し、同判決が確定しました。
この場合、当該一部の処分の違法性を理由に本件賠償命令の全部が取り消されるのでしょうか。
②の回答へ

1設問 ①について

確かに、地方自治法243条の2第3項は、普通地方公共団体の長が、監査委員の決定に拘束される旨を規定し(但し、同条第8項という例外はあります。)、監査の独立性を確保しています。

しかしながら、この規定は、あくまでも賠償を命ずるまでの手続に関する規定であって、職員から異議申し立てがなされた場合にも当然に適用されるわけではありません。そして、もし監査委員の決定に基づく処分であることのみを理由に市長が異議申立てを門前払いできるとすれば、被処分者に対して救済手段を付与した地方自治法第243条の2第10項の存在意義が完全に没却されてしまいます。

従って、監査委員の決定に基づく処分であるという形式的な理由のみで異議申し立てを却下することは許されないと考えるべきです。市長は、議会に諮問した上で(同条第12項)、あくまでも自身の判断に基づいて決定をしなければなりません。

なお、異議申立てにおいて、却下の決定をするということは、不適法な異議申立てということになりますので、本件では、元職員の主張を認めない場合には、決定主文は棄却ということになります。

2設問 ②について

本件判決が確定すると、本件賠償命令のうち賠償額2000万円を超える部分については、処分時に遡って効力を失い、当初から2000万円を超える部分については処分がされなかったと同じ状態がもたらされます。このような取消判決の効力を「形成力」といいます。行政事件訴訟法には取消判決に形成力を認めた明文規定はありませんが、違法な行政処分を取り消した場合に、処分等の効力が遡って消滅することは、処分に公定力を認めることから当然の結論と考えられています。

また、本件訴訟で審理の対象となったのは、賠償額2000万円を超える部分だけであり、賠償額2000万円までの部分については、そもそも訴訟の対象ではありません。

従って、本件判決によっても本件賠償命令のうち賠償額2000万円を命じた部分については、効力は失われません。市長が、改めて金2000万円の部分の損害賠償を命ずる必要もありません。