高額療養費の時効期間起算日

国民健康保険の被保険者であるAは、平成16年11月に1か月ほど入院した後、死亡しました。Aには、相続人として、配偶者であるB及び子供のCがいますが、Aが死亡した当時、Cには、支払い能力がなく、Bも行方不明であったため、医療費(一部負担金)の支払いが遅延していました。その後、平成19年10月になって、Bと連絡が取れ、Bの財産から医療費の支払いがなされたため、Cから、高額療養費の支給を受けたい旨の申し出がありました。このような場合、国民健康保険法110条1項に規定する時効期間の起算点はいつになりますか?

なお、国の通知においては「高額療養費の時効起算日は、診療日の属する月の翌月の初日(一部負担金を診療月の翌日以降に支払った場合は支払った日の翌日)。なお、時効中断に当たる通知を行った場合は、通知が到達した日の翌日」とされております。

本市においては、実務上も毎月大量に発生する国保のレセプト等の関係資料をいつまでも保存することができないこと、国民健康保険は制度上、10年ではなく2年の短期消滅時効が定められていることから、原則として時効起算日の翌月初日か、高額療養費該当通知が到達した日の翌日と考えております。

高額療養費制度は、重い病気などで病院等に長期入院したり、治療が長引く場合には、医療費の自己負担額が高額となった場合に、家計の負担を軽減できるように、一定の金額(自己負担限度額)を超えた部分が払い戻されるものです(国民健康保険法57条の2)。この制度においては、原則として、被保険者が、保健医療機関に対し、一部負担金を支払ったという事実があってはじめて、高額療養費の請求をすることができることとなっています。したがって、療養費が著しく高額になったとしても、被保険者が一部負担金を保健医療機関に対し支払っていなければ、高額療養費の支払い請求権は発生しません。

ところで、国民健康保険法110条1項は、保険給付を受ける権利は2年を経過したときは時効によって消滅するという短期消滅時効の規定をおいています。したがって、高額療養費についても、給付を受ける権利が発生したときから2年でその権利は時効消滅します。

そこで、まず、国民健康保険法に基づく保険給付請求権の性質を検討すると、公法上の債権と考えることができると思います。すなわち、国民健康保険法79条の2は、市町村が徴収する保険料は地方税法の例によることができる歳入とされており、保険者と被保険者は対等な当事者関係ではないこと、同法111条は期間の計算に関し、民法の期間に関する規定を準用するとの明文規定をおき、民法の適用がないことを前提としているからです。

保険給付請求権が、公法上の債権であれば、時効については「法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができない」こととなり(地方自治法236条2項)、国民健康保険法には時効の援用等に関して特別の定めはありませんから、消滅時効期間が経過すれば、当然に、保険給付請求権は消滅します。次に、保険給付請求権の時効期間の起算点に関しては、国民健康保険法及び地方自治法には特別の定めがありませんから、民法の規定を準用することとなります。消滅時効の起算点に関し、民法166条1項は、「権利を行使することができる時から進行する。」と規定していますから、保険給付請求権もまた、権利を行使することができるときから、消滅時効の期間が進行することとなります。

これを高額療養費について検討してみますと、前述の通り、高額療養費の請求権は、一部負担金を保健医療機関に対し支払ってはじめて行使することが可能となるものです。ご質問者が指摘されている国の通知においても、「一部負担金を診療月の翌日以降に支払った場合は支払った日の翌日」という括弧書きが付記されているのも、一部負担金の支払いがなされてはじめて、高額療養費の請求権が発生することを意識したものと思われます。以上の通り、ご質問のケースのように、一部負担金の支払い債務が発生してから、一部負担金の支払いまで3年近くを経過してから、一部負担金が支払われた場合であっても、一部負担金が支払われた日の翌日から、消滅時効が進行するものと考えざるを得ません。

ご質問者が指摘されるとおり、毎月大量に発生するレセプト等の関係資料の保存管理からすれば、本件のようなケースに対応するためには、実務上の支障があろうことは理解できますが、国民健康保険法上、高額療養費の給付要件を充足する事件が発生した時を起算点とする権利消滅に関する規定が存在しない以上、やむを得ないことだと考えます。