学校給食費の債権者と消滅時効期間

当市でも、近年、学校給食費を支払わない保護者が現れ、その対応に苦慮しております。学校給食費を支払わない保護者に対し、法的措置を執りたいのですが、その場合、当事者となるのは、学校長、教育委員会、市のいずれがなるべきでしょうか。また、学校給食費の支払い請求権の消滅時効は何年でしょうか?ちなみに、当市では、教育委員会の指導助言のもとに学校長が計画して職員を指揮監督し、学校給食を運営しております。また、学校給食費は私費会計で処理し、保護者に郵便貯金口座を開設してもらい、その口座から校長名義の口座に毎月引き落としております。また、学校給食費の納付義務を課した条例はありません。

1 学校給食制度について

学校給食は、義務教育における教育の目的を実現するために、日常生活における食事について正しい理解と望ましい習慣を養うことなど、学校給食法2条に定める目標を達成するために、義務教育諸学校において、その児童又は生徒に対し実施される給食と定義づけられています(学校給食法3条)。そして、義務教育諸学校の設置者は、学校給食が実施されるように努めなければならず(学校給食法4条)、学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費は、義務教育諸学校の設置者の負担とされていますが、それ以外の経費(これを学校給食費といいます。)は、児童又は生徒の保護者の負担とされています(学校給食法6条)。

2 学校給食費の処理に関する文部科学省の通達

学校給食法は、右のとおり、学校給食費を保護者の負担としていますが、それ以外に規定は存在しません。そのため、学校給食法は、学校給食に要する費用を誰がどの範囲で負担するのかを定めただけであって、その賦課徴収については、学校給食法は何ら規制していないと理解されています。

そのため、学校給食費の取り扱いに関しては、これまでは、文部省(現在の文部科学省)の通達により、運営されてきました。文部省の通達によれば、次のとおりとされています。

保護者の負担する学校給食費を歳入とする必要はなく、校長が、学校給食費を取り集め、これを管理することは、差し支えない(昭和32年12月18日委管77号)。
学校給食法は、児童又は生徒が学校給食を受ける場合の保護者の負担の範囲を明らかにしたもので、保護者に公法上の負担義務を課したものでなく、学校給食費を地方公共団体の収入として取り扱う必要はない(昭和33年4月9日委管77号)。
学校給食共同調理場は地方自治法244条に規定する公の施設ではなく、学校給食費は公の施設の使用料ではないが、市町村の予算に計上し、処理することは差し支えない(昭和39年7月16日委体34号)。
学校給食費の経理については、特別会計で処理することもでき、この場合には、学校給食費の額は、地方公共団体の長が教育委員会の意見を聞いて決定するものと解するが、その場合に、ただちに徴収条例の制定を必要とするものとは解さない(昭和42年12月26日委体10の2号)。

以上のような通達を受け、各地方公共団体では、それぞれ、独自の運用を行ってきています。おそらくは、昭和32年の通達に従って、給食費については、歳入とせず、私費会計で処理している地方公共団体が多いものと思います。しかしながら、最近では地方公共団体の歳入とはしないものの、教育委員会規則を定め、給食費会計をもうけ、給食費の徴収、管理を教育委員会が行う事例や、学校給食センター設置及び管理に関する条例の委任に基づいて、保護者に給食費の納入を義務付け、給食費を歳入、具体的には雑収入・雑入・雑入として処理している例も見受けられます。

3 私費会計における学校給食費の債権者

質問者の市では、私費会計で処理しているとのことです。この場合、法律的に説明することが難しいのは、保護者に学校給食費の支払い義務を課す根拠です。外形的には、校長が、保護者のために、学校給食費を預かり、これを食材納入業者に支払っているかのように見えます。このように考えますと、学校給食費を支払わない保護者が現れると、保護者に対し、その支払いを請求する者は、学校長か、食材を納入した業者のいずれかになりますが、現実には、納入された食材に相当する食材費は支払われることとなるでしょうから、立て替え払いをした学校長が保護者に対し、立替金の支払いを求めると考えることとなります。このように考えるときは、事務管理に基づく費用の償還請求権が発生することとなります(民法702条)。他にも、学校長個人が、食材を購入する事業を行っているとか、保護者から食材購入の事務が委託されているとかの法律構成を考えることは可能です。しかしながら、このように考えますと、保護者が学校給食費を支払わない時は、その徴収は学校長個人の責任で行うこととなりますが、それは、現実離れしているといわざるを得ません。すなわち、保護者は、学校給食費を学校長個人に支払っているなどとは考えていないでしょうし、学校長も個人的に学校給食費を集めているとは考えていないからです。

なお、念のため付言すれば、学校長というのは、行政機関であって、権利義務の主体ではありませんから、債権者になることはあり得ません。

そこで、学校長が、市の教育委員会の職員、言い換えれば市の職員として、保護者から学校給食費を徴収し、市の職員として、食材納入業者に支払いをしていると考えることとなります。この考え方の方が、現実にあっているものと思われます。食材納入業者は、市との間で、継続的な売買契約を締結し、食材を納入し、その売買代金を市から受け取ることとなり、また、保護者は、食材を購入するための費用として学校給食費を市に納入すると考えることとなります。

4 学校給食費の支払い義務の発生根拠

ところが、このように考えた場合、保護者が、学校給食費を市に納入する義務は何によって発生するのかが、明確ではありません。条例又は条例の委任を受けた規則により、納入義務が課されているのであれば、法律的に納入義務は発生しますが、そのような条例を制定している地方公共団体は少なく、質問者の市でも、そのような条例は定められていません。そうなると、保護者と市との間において、契約が成立していると考えることとなります。

多くの場合、入学時に、学校から、保護者に対し、入学の手引きを配布し、学校生活に必要な種々の手続を周知しているものと思われます。その中に、学校給食に関する記事もあり、学校給食費の金額を記載し、質問者の市のように口座引き落としにより学校給食費を徴収する場合には、引き落とし口座を届けるとともに、金融機関あての引き落とし同意書を学校に提出することとなります。このような手続をとっている場合には、市は、入学の手引きで、学校給食を一定の金額で提供することを申し込み、保護者は引き落としに同意をすることにより、承諾をしたと考えることができます。

このように考えれば、学校給食費の債権者は、市となり、学校給食費を支払わない保護者に対して、訴訟を提起する場合には、市が原告となり、支払い督促をする場合には、市が申立人となることとなります。学校長個人が当事者となることはありません。

5 債権の消滅時効

学校給食は、1で説明したとおり、学校設置者たる市が債権者になると考えれば、学校給食は、義務教育諸学校における教育の目的を実現するために行われるものですから、民法173条3号に規定する「学芸又は技能の教育を行うものが生徒の教育、衣食……の代価について有する債権」に当たり、2年間の短期消滅時効の規定が適用されることとなります。

6 私費会計の妥当性

学校給食費の支払い義務が市との契約により発生すると考えた場合、保護者との関係は、説明がつきますが、学校給食費を歳入として計上しない理由の説明ができなくなります。すなわち、地方自治法210条によれば「一会計年度における一切の収入及び支出は、すべてこれを歳入歳出予算に編入しなければならない」と規定していますから(これを総計予算主義といいます。)、これに反することとなります。しかし、この法律違反は、地方公共団体内部の問題ですから、この違反により、保護者に対する請求ができなくなるということはないと考えます。

7 最後に

以上の考え方は、これまでの文部科学省の通達に示された考え方と異なる部分もありますが、学校給食費の未納者、しかも、経済的理由によるものではなく、確信犯的な未納者の増大という現実を前に、適正な債権管理、保護者の負担の公平性確保という視点からすれば、このように考えるべきであるというのが、当研究部における検討結果です。

今後のあるべき姿としては昭和42年の文部省の通達が認めている「地方公共団体の長が教育委員会の意見を聞いて」学校給食費の額を決定するという方式をとり、なおかつ、同通達においては、ただちに徴収条例を制定する必要はないとされていますが、徴収条例を定めれば、地方自治法224条に規定する分担金としての位置づけも可能となり、その徴収についても同法231条の3第3項の規定により地方税法の例による滞納処分も可能となります。もちろん、この場合には、歳入歳出ともに予算に計上することとなり、歳入と歳出の関係を明確化するためには、特別会計化することも考慮に値するものと思います。