監査委員が監査において知り得た情報と議員活動

議会選任による監査委員が、監査委員として知り得た情報を基に、議員活動報告や一般質問の中で取り上げることはどの程度許されるのでしょうか?

地方自治法198条の3第2項によれば、「監査委員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする。」と規定し、監査委員に守秘義務を課しています。

この条文に規定されている「秘密」は、一般職および特別職公務員に課せられている守秘義務における「秘密」と同意義です。

最高裁は、国家公務員法100条1項に規定する秘密につき、「国家公務員法100条1項の文言及び趣旨を考慮すると、同条項にいう「秘密」であるためには、国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りず、右「秘密」とは、非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいう」と定義づけた上で、「原判決の認定事実によれば、本件「営業庶業等所得標準率表」及び「所得業種目別効率表」は、いずれも本件当時いまだ一般に了知されてはおらず、これを公表すると、青色申告を中心とする申告納税制度の健全な発展を阻害し、脱税を誘発するおそれがあるなど税務行政上弊害が生ずるので一般から秘匿されるべきものであるというのであつて、これらが同条項にいわゆる「秘密」にあたるとした原判決の判断は正当である。」とあると具体的な事案についての判断をしています(最高裁昭和52年12月19日判決。刑集31巻7号1053頁判例時報873号22頁)。

このように、「秘密」の定義については、明らかになっていますが、これを具体的な事案に当てはめることとなると、個々の事案ごとに、事実に即して判断するほかありません。下級審では、具体的な事例が守秘義務に該当するか否かの判断がいくつか出ていますので、判例集で調べることは可能です。しかしながら、監査委員の守秘義務に関しては、判例は見あたらないようです。

地方自治法上、守秘義務に抵触するか否かの問題とは別に、監査委員の場合には、有効に監査を行うために、一定の自制が必要と考えるべきです。すなわち、監査を受ける側からすれば、監査委員が、監査において知り得た事項をみだりに公表しないことを前提に、監査に応じています。ところが、監査委員が、議員活動報告や、一般質問の中で、監査により知り得た情報を取り上げると、監査を受ける側が、監査に必要な情報を提供しなくなり、結果として適正な監査業務が阻害されることとなります。現に、一部の公共団体では、監査委員と監査を受ける執行機関側でどこまで監査に応じるのかで意見の対立が存在します。

したがって、議員選出の監査委員は、監査において、知り得た情報については、地方自治法198条の3第2項に規定される秘密に該当するものだけでなく、それ以外の情報についても、慎重な取扱を要請されます。このように考えると、住民であれば、誰でも入手できる情報は、監査の際に知り得た情報であっても、監査委員だから入手できた情報とはいえないので、議員活動や一般質問で取り上げても問題はないといえます。言い換えれば、情報公開条例の非開示事項に該当する情報については、議員活動や一般質問で取り上げるべきではないでしょう。

ただし、これは法律上の義務としてではなく、監査委員としての職務を円滑に行うための自制措置ないしは監査委員としての倫理の問題です。地方自治法198条の3第2項に規定する「秘密」に該当しない事項で、かつ情報公開条例上非開示事項に該当する事項を、議員活動や一般質問で取り上げた場合、それによって生じる(円滑な監査を阻害するという)不利益は、当該監査委員のみならず、他の監査委員、将来監査委員となるべき人の不利益にもつながりますので、議会として、監査委員の行動規範を定めておくことも有用だと思われます。