指定管理者の指定取消

当市では、老人福祉法15条3項に基づき特別養護老人ホームを設置しており、平成18年4月から、指定管理者制度を導入し、公募により、社会福祉法人Xを指定管理者に指定しましたところが、特別養護老人ホームの管理運営につき、次のような不祥事、手抜きが発覚しました

施設長として施設に着任した社会福祉法人Xの職員であるAは、着任早々から、介護報酬の一部を着服横領し、10月には社会福祉法人Xを解雇された。
施設に設置されたエレベーター、ボイラー等諸設備の保守点検を基本協定で決めた回数の半分以下しか行っておらず、度重なる市からの指示にもかかわらず、改善されていない。
基本協定で定めている事業報告を期限までに提出せず、度重なる市からの指示にもかかわらず、改善されていない。
介護職員の人数が不足し、市からの度重なる指示にもかかわらず、職員定数を充足することができない状態が続いている。
平成20年5月には、社会福祉法人Xの職員が、業務用の自動車を玄関先に駐める際に、散歩に出かけようとしていた入所者に自動車をぶつけ、負傷させた。

当市としては、これ以上、社会福祉法人Xに施設の管理を任せるわけにはいかないとの判断に至り、平成20年6月社会福祉法人Xの理事長を呼び、指定管理者を辞退するように話をしましたが、社会福祉法人Xの理事長は、指定管理期間は5年間であり、まだ、2年を経過したばかりであり、投下した資本を回収できていないことを理由に、辞退を拒否し、改善努力を続けるので、このまま指定管理を継続して欲しいと主張して、話し合いはうまく進みませんでした。そこで、市としては、指定の取消をせざるを得ないと考えていますが、指定を取り消すことは可能でしょうか?また、その際にはどのような点に気をつける必要がありますか?

1 指定取消の必要性

自治法244条の2第10項は、指定管理者の管理する公の施設の管理の適正を期するため、指定管理者に対し、当該業務又は経理の状況に関して必要な報告を求め、実地について調査し、又は必要な指示をすることができるとされています。ご質問では、既に、自治法244条の2第項に基づく、指示を繰り返し行っているものと判断できます。それにもかかわらず、特別養護老人ホームの管理が改善されることなく、現在に至っているのですから、市が、自治法244条の2第11項に基づき、指定の取消を検討するに至ったのは当然のことと思われます。

2 行政手続条例

指定の取消は、指定を受けている管理者にとっては、不利益処分ですから、行政手続条例に基づく、聴聞の手続をとる必要があります。

ここで、注意すべきは、指定管理者を指定した後、この指定を取り消すに関する規定を条例に定めている場合と定めていない場合があることです。本来、指定の取消に関する規定は条例において定めておくべきです。条例において、指定取消に関する規定があれば、行政手続法3条2項により、行政手続法の適用除外となることが明らかです。したがって、条例で指定取消に関する規定をおいていない場合には、条例を改正する機会があれば、指定取消の規定を追加すべきです。

これに対し、条例においては、指定管理者に対する指定に関する規定はあるものの、指定の取消に関する規定をおいていない場合において、指定取消の根拠を自治法244条の2第11項に求めることとなれば、不利益処分の根拠が法律にあることとなりますから、行政手続法の適用があることとなります。しかし、指定の根拠が条例にある以上、指定取消の根拠も条例にあると考える方が合理的ですから、解釈としては、若干強引かもしれませんが、管理者を指定するという規定は当然に指定取消権限も内包していると考え、その取消要件として自治法244条の2第11項が適用されるものと考え、行政手続条例を適用するという方法もあります。

市の手続条例が標準的な条例であれば、聴聞手続をとる際には、①予定される不利益処分の内容及び根拠となる条例等の条項、②不利益処分の原因となる事実、③聴聞の期日及び場所、④聴聞に関する事務を所掌する組織の名称及び所在地を書面により通知する必要があります。本件では、①不利益処分として指定管理者の指定を取り消す旨及び市立特別養護老人ホーム設置条例における指定取消に関する規定を示し、②ご質問に記載されている不祥事・手抜き行為を具体的に指摘し、③聴聞の期日及び場所を具体的に示し、④福祉部高齢福祉課等の担当組織名、及びその所在地を示すこととなります。

3 証拠の整理

ここで、一番注意を要するのは、不利益処分の原因となる事実です。原因となる事実に関しては、証拠による裏付けが必要です。指定を取り消された社会福祉法人が、指定の取消処分の取消及び処分の執行停止を求めたり、聴聞の通知が届いた時点で、取消処分の差し止めを求める訴訟を提起する可能性があるからです。この場合には、処分の原因となる事実の立証責任は、不利益処分を行う市が負うこととなります。したがって、指定取消を行う場合には、事実関係を証明する証拠をきちんと整理しておく必要があります。そのためには、日常から、指定管理者に対する問題点の記録、指示の内容、指示に対する指定管理者の対応等克明に記録しておく必要があります。その上で、早い段階で、法務担当者又は弁護士と相談して証拠の整理をすべきでしょう。

4 指定管理者の交代

特別養護老人ホームは、入所している高齢者の方がいますので、指定取消により、一時的に管理者が存在しなくなると、入所者の生命・健康に重大な影響を及ぼします。そこで、指定取消の日にあわせて、入所者を一旦他の施設に移動させる必要があります。この措置は慎重に行う必要があります。特別養護老人ホームを閉鎖した経験のある自治体に問い合わせる等することによりノウハウを取得するとよいでしょう。社会福祉法人Xが、自ら、特別養護老人ホームから退去してくれれば、新たな指定管理者を公募することが円滑に行うことができますが、万が一、社会福祉法人Xが、取消処分を不服として、特別養護老人ホームから退去しなかった場合、これを強制的退去させるためには、行政代執行法の適用はあり得ませんから、裁判所の手を借りる必要があります。考えられる法的手続としては、民事保全法に基づく仮処分と建物明け渡しを求める訴訟です。前者は、断行の仮処分、満足的仮処分と呼ばれる仮処分で、仮処分により、占有を奪い返すものです。仮処分命令の申立てには、被保全権利といって、仮処分により保全されるべき権利があること、及び保全の必要性といって、正式な裁判を行って、判決をもらっていたのでは、勝訴した意味がなくなってしまう可能性があることを主張し、疎明する必要があります。本件では、被保全権利として、市が特別養護老人ホームを所有していること、社会福祉法人Xは、指定管理者の指定を取り消され、当該施設を占有する権原がないこと等を主張し、疎明することとなります。また、保全の必要性は、ただちに市が当該施設の占有を回復しないと、一時他の施設に避難している入所者に対する介護ができないこと、及び当該施設の入所者が他の施設にいることにより、特別養護老人ホームへの入所を待っている人たちの入所時期が遅れることなどを主張し、疎明することとなります。この仮処分においては、必ず、社会福祉法人Xも裁判所に呼び出され、審尋といって、社会福祉法人Xの主張を聞く期日が入ります。当然、この際、社会福祉法人Xは、指定取消処分の違法を主張することとなりますから、市としては、処分の正当性を主張し、疎明することとなります。しかも、通常の仮処分に比して、相当高度な疎明を要求されますので、十分な疎明資料が必要となります。仮に、この仮処分が認められない場合には、建物明け渡し訴訟を提起して、判決を得た上で、強制執行の申立てをすることとなり、相当な時間を要することとなります。