私法上の債権管理について

甲市は、平成17年に実施した10件の入札において、談合行為がなされていたとして、契約を締結した10社に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、そのうち、7社と、平成19年5月に、被告となった請負業者が損害賠償債務の存在を認め、その支払い方法について、和解時の一時金の支払いと残額につき毎月1回、60回払いとする和解を成立させ、残りの3社については平成19年12月に、契約金額の5%を損害額として認容する勝訴判決を受けた。和解をした7社のうち5社は約定通り、和解金を分割納付して支払っているが、他の2社は、分割金の支払いを、3ヶ月以上怠っており、また、損害賠償金の支払いを言い渡された3社は全く賠償金を支払っていない。このような状況の下で、下記の状況にある各社に対する対応を教示して欲しい。

1 和解に応じたA社は、和解後、経営状態が芳しくないので、毎月50万円の支払いを継続するのが困難であるとして、毎月の支払額の減額を要請してきた。

甲市としては、この要請に応えてよいか。要請に応えることができる場合には、どのような点に注意すべきか。

2 和解に応じたB社は、賠償義務を認めた300万円のうち、和解時の30万円の支払いのほか、毎月支払うべき4万5000円を4回支払っただけで、その後督促をしても債務を履行しない。甲市の担当者は、B社の所在地を訪問したが、自宅兼事務所(借家)は存在するも、代表者の妻がいるだけで、会社は機能しておらず、代表者は、他の会社に就職したものの、生活費を得るのがやっとであるとのことであった。

このような場合、甲市としてはどのようにしたらよいか。

3 判決を受けたC社は、判決後、事務所を閉鎖し、企業活動を停止してしまった。代表者は従前の住所地に居住しているが、病気療養中とのことであり、居住場所は、借家である。ただし、生活保護は受給していない。商業登記簿を調査したが、登記事項に全く変動はない。

このような場合、甲市としてはどのようにしたらよいか。

4 判決を受けたD社は、甲市からの督促を受けても、何の応答のないため、甲市職員が調査したところ、すでに、事務所は存在せず、登記簿を調べたところ、判決言い渡し日前に、解散の決議をし、判決言い渡しから2ヶ月後には清算結了により、登記簿は閉鎖されていた。

なお、甲市は、D社が解散したことを知らず、また、清算手続において、債権の申し出をすべき旨の催告も受けていない。

甲市としては、どのような処理をすればよいか。

5 判決の言い渡しを受けたE社は、甲市からの督促に対し、業績が悪く、支払うことができない旨の返事を繰り返すばかりであり、談合発覚後は、指名停止期間経過後も、公共工事の入札には一切参加しておらず、業績も相当に悪い様子であるが、倒産するというほどではないようである。

甲市としては、どのように対応したらよいか。

1 地方公共団体の債権管理の原則

(1)まず、各質問に答える前に、地方公共団体の私法上の債権の管理について確認します。私法上の原因に基づくものであっても、地方公共団体の債権ですので、地方自治法、地方自治法施行令などの公法的規律が及ぶ場面もあれば、民法などの私法的規律が及ぶ場面もあり、双方の規律を正確に理解することが必要になってきます。

私債権の管理方法の概観は以下のとおりです。

(2)①台帳管理

地方公共団体の私債権を適正に管理して確実に回収するためには、債権ごとに台帳を作成して管理していくことが重要になります。

本件事例においても、貸付けなどの契約ではなく不法行為に基づいて発生した債権ではありますが、交渉や判決、和解等により賠償金を請求できることが確定した場合には、債権の種類、債務者の氏名及び住所、債権額、債務者の資産又は業務状況に関する事項、支払状況などを記載した台帳を作成して管理していくことが必要です。そして、その台帳には、訴状、判決書、和解調書、督促状を送付したのであればその控え、財産調査をしたのであればその財産調査報告書などを時系列に従って綴じておくのが便宜といえます。

なお、台帳の記載事項については、国の債権に関してではありますが、国の債権の管理等に関する法律11条及び国の債権の管理等に関する法律施行令10条1項が規定しており、参考になるものと思われます。

②督促

納期限または履行期限までに納付、履行しない場合には、期限を指定して督促しなければなりません(地方自治法231条の3第1項、同法240条2項及び地方自治法施行令171条)。

私債権については、この督促は民法上の催告(民法153条)と同義ですが、一般的に催告の時効中断の効力が暫定的である(催告後6ヶ月以内に法的手続を採らなければ時効中断の効力が認められないという意味)のと異なり、絶対的な時効中断の効力が認められています(地方自治法236条4項、但し、最初の督促のみであることに注意が必要です。)。

督促の方法についても、送達の推定が働く公債権と異なり(地方自治法231条の3第4項)法律上送達の推定が認められていないので、督促状の送達、それに基づく時効中断の立証を確実にするためには、別途配達証明を付するなどの対応を採る必要があります。

③強制執行等

督促後相当の期間を経過してもなお履行されないときは、原則として訴訟、強制執行などの手続を採らなければなりません(地方自治法240条2項、地方自治法施行令171条の2)。

徴収停止(地方自治法施行令171条の5)、履行延期の特約(地方自治法施行令171条の6)その他特別の事情がある場合を除いて、債務名義のある債権は強制執行など法的手続を採って回収を確保しなければならないとされています。

④履行期限の繰上げ

履行期限を繰り上げることができる理由が生じた場合には、原則として、遅滞なく、債務者に対して履行期限を繰り上げる旨の通知をしなければなりません(地方自治法240条2項、地方自治法施行令171条の3本文)。この履行期限の繰り上げにより債務者に対して一括請求できることになります。

履行期限を繰り上げることができる理由とは、基本的に債務者に信用不安が生じて期限の到来を待っていたのでは回収が困難になってしまう場合といえます。具体的には、民法137条(債務者が破産手続開始の決定を受けたときなど)といった法令に基づく場合や期限の利益喪失条項に基づく場合が考えられます。

⑤債権の申出、債権の保全措置等

債務者が強制執行または破産手続開始の決定を受けたことを知った場合において、法令の規定により地方公共団体が債権者として配当要求など債権の申し出ができるときは、直ちに債権の申出等の措置をしなければなりません(地方自治法240条2項、地方自治法施行令171条の4第1項)。債務者の財産について強制執行の開始決定(民事執行法51条等)、あるいは担保権の実行としての競売(民事執行法188条等)があったときにおける配当要求、債務者である法人が解散したときにおける債権の申出(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律233条1項等)などが具体例として挙げられます。

また、債務者に信用不安が生じた場合には、確実な物的あるいは人的担保の設定を受けたり、債務者に換価の見込みがある財産が債務者の手元にあれば、仮差押等の保全措置を講じて回収を確保しなければなりません(地方自治法240条2項、地方自治法施行令171条の4第2項)。

⑥徴収停止

履行期限から相当期間が経過した後も完全に履行されていない債権について、履行させることが著しく困難または不適当であると認められ、かつ法人である債務者が事業をやめてしまった場合等所定の事由に該当する場合には、債権の保全、取立てをしないことが認められています(地方自治法240条3項、地方自治法施行令171条の5)。言い換えれば、これらの要件を充足しない限り、何らかの徴収を継続しなければならないといえます。

⑦履行延期の特約

地方自治体の債権の場合には、債務者が資力の状態によって全部を一時に履行することができないなどの所定の事由に該当しなければ、履行期限を延長することはできません(地方自治法240条3項、地方自治法施行令171条の6第1項)。このように履行延期を行なうことは法律上制約されています。

また、履行延期は、履行期限が経過した後でも可能ですが、延滞金、遅延損害金は徴収しなければならないことにも注意が必要です(地方自治法施行令171条の6第2項)。

⑧免除、放棄

債務者の無資力またはこれに近い状態にあるため履行延期の特約または処分をした債権について、当初の履行期限から10年を経過した後において、なお債務者が無資力またはこれに近い状態にあり、かつ弁済の見込みがないと認められる場合、債権を免除することができます(地方自治法240条3項、地方自治法施行令171条の7第1項)。もっとも、以上の厳しい要件を充足しない限り免除は認められていませんので、免除は事実上困難といえます。

また、免除と実質的に類似した効果が得られるものとして、債権放棄があります。

地方自治体の債権の場合、議会の議決に基づかなければ債権を放棄することはできませんが、政令または条例に特別の定めがあれば議会の議決は不要とされています(地方自治法96条1項10号)。よって、実質的には徴収不能に陥っているが、前述した免除の要件を満たしていない債権についても、条例で特別の定めを設けることにより、議会の議決を経ることなく債権放棄をすることができるようにして、債権管理の合理化、効率化を図ることはできます。

なお、以上の免除、放棄の際には、会計上債権管理の対象から外すために、不納欠損処理を行なうことになります。

2 小問1

(1)A社からの毎月の支払額の減額要請は、法的には訴訟上の和解で合意した内容を変更するものであり、毎月の支払額を減額するためには、訴訟上の和解で合意した支払期限を変更する必要が生じます。よって、上記A社からの減額要請に応えることは、地方自治法施行令171条の6第1項の「履行延期の特約」に当たりますので、同条に定めた所定事由を充たしている限り、甲市としてはA社の要請に応えることができると考えられます。
(2)本件事例では不法行為に基づく損害賠償請求権ですので、地方自治法施行令第171条の6第1項4号「損害賠償金又は不当利得による返還金に係る債権について、債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であり、かつ、弁済につき特に誠意を有すると認められるとき」、あるいは同項の2号「債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であり、かつその現に有する資産の状況により、履行期限を延長することが徴収上有利であると認められるとき」の該当性を慎重に吟味することが必要になってきます。
(3)A社の要請に応える場合には甲市は以下の点に注意すべきと思われます。

まず、債務者であるA社から、前述した「履行延期の特約」の要件の該当性を裏付けるに充分な資料の提示を求めることが必要です。具体的には、毎月50万円の支払いを継続するのが困難であり、A社希望の支払額であれば毎月滞りなく十分支払可能であることを裏付ける現在のA社の業績を示す資料などをA社に提示させなければなりません。

また、訴訟上の和解の内容を変更しますので、新たに甲市とA社との間で合意書を作成して取り交わすべきです。その合意書については、A社からの支払を確保するために、支払懈怠があれば直ちに強制執行できるように強制執行受諾文言が入った公正証書の形で作成しておく方が望ましいです(このような公正証書が債務名義となることについて民事執行法22条5号)。合意書の内容については、期限の利益喪失条項を設けて、A社が分割金の滞納をした場合には期限の利益を喪失させて一括請求できると定めることにより、A社の支払いを間接的に強制することが支払確保にとって有効であると思われます。

さらに、より支払確保のために、甲市としては、担保の設定を受けることができないか検討することも注意する必要があります。

3 小問2

(1)B社との訴訟上の和解の内容に期限の利益喪失条項が含まれている場合には、B社が督促に応じずに支払わないことにより期限の利益を喪失すると思われますので、甲市は、前述した「履行期限の繰上げ」によりB社に対して残額252万円を一括請求することができます。

(2)しかしながら、残額の一括請求を行なっても、B社は、現在の経営状態からみて、この督促に応じないものと思われます。

そこで、甲市としては、和解調書が民事執行法22条7号の「確定判決と同一の効力を有するもの」として債務名義と認められていますので、甲市は強制執行の手続を採らなければなりません(地方自治法施行令171条の2第2号)。

もっとも、B社の自宅兼事務所(事務所自体は閉鎖していない点、小問3と相違する点です。)は借家ですから、換価価値の高い不動産に対する強制執行はできない上、たとえ機械などの動産があっても換価価値が低いものが多いので、事実上強制執行による回収は困難です。

(3)とすれば、C社の代表者は他の会社に就職して働いており、収入があることから(小問3と相違する点です。)、甲市としては、毎月少額でも賠償金の支払いを受けるために、毎月の支払額を減額すれば支払可能かどうか、交渉すべきと考えられます。なお、その交渉の際には、代表者の収入状況などを示す資料の提示を求めることも注意すべきです。

そして、交渉の結果、毎月の支払額を減額する内容で合意できる場合には、「履行延期の特約」の要件に該当する必要があること、新たに甲市とC社との間で、強制執行受諾文言が入った公正証書の形で合意書を作成して取り交わすべきことは小問1で前述したとおりです。

4 小問3

(1)まず、甲市としては、賠償金を全く支払わないC社から何とか回収を図りたいところです。甲市は、C社に対する勝訴判決を受けており、債務名義のある債権を有していますので(民事執行法22条1号あるいは2号)、強制執行の手続を採らなければなりません(地方自治法施行令171条の2第2号)。

そこで、C社の財産調査を行なう必要があります。代表者の自宅は借家ですので、C社の事務所の所有者を調査して、C社の所有であれば、事務所に対する不動産執行を検討すべきです。

(2)これに対して、C社の事務所が賃貸であれば、前述のように機械などの動産があっても、強制執行による回収は困難といわざるを得ません。

そして、C社は、事務所を閉鎖して企業活動を停止しているだけでなく、代表者が病気療養中であることからすると、甲市に対する支払いに充てる収入が現在ない上に将来C社が事業を再開することは厳しいと思われます。また前述のように差し押さえることができる財産が動産しかなければ、その財産の価額よりも強制執行の費用の方が上回ってしまうと考えられます。

よって、甲市はC社からの回収が事実上できなくなったとして、地方自治法施行令171条の5第1号所定の事由、「法人である債務者がその事業を休止し、将来その事業を再開する見込みが全くなく、かつ差し押さえることができる財産の価額が強制執行の費用をこえないと認められるとき」に該当して、「徴収停止」の措置を採ることが考えられます。その措置を採るためには、事業停止などC社の現在の状況を示す資料を提出させる必要があります。そして、「徴収停止」の措置を採ると判断した場合には、具体的な手続として、効率的な債権管理を行なうために、台帳に徴収停止の措置を採った年月日、理由などを記載しておくべきです。

もっとも、徴収停止の措置は、単に地方公共団体の内部において行なう整理に過ぎず債務の内容を変更するものでない点が、債権放棄及び免除と大きく異なります。

従って、C社が自発的に賠償金を支払ってきた場合、甲市はその支払いを受けることができますし、徴収停止後にC社が企業活動を再開することも全くないわけではありませんので、定期的にC社の様子に目を配り、その結果C社に対する徴収停止の措置を撤回する場合もありえます。

5 小問4

(1)地方自治法171条の4第1項は、債務者が強制執行又は破産手続開始の決定を受けたこと等を地方公共団体が知った場合において、法令の規定により当該地方公共団体が債権者として配当要求その他債権の申出をすることができるときは、直ちにそのための手続を採らなければならないと規定しています。

当該規定は、債務者が破産するなど支払不能の状態に陥った場合だけでなく、別個の理由により財産の清算手続が開始された場合にも適用があると解されています。

本件事例において、D社は解散の決議をしていますから、通常であれば、知れたる債権者である甲市に対し、債権の申し出につき各別の催告がなされることとなっていますので、債権者である甲市は、債権の申し出を行なうべきであったといえます(会社法499条第1項等)。ちなみに、知れたる債権といえるためには、債権額が確定している必要はありませんから、損害賠償請求を求めて裁判を提起している甲市は知れたる債権者にあたります。

(2)しかしながら、D社は、知れたる債権者である甲市に対し、各別の催告を受けていないのですから、清算から除斥されることはなく(会社法503条1項)、未だ現務が結了したといえません。現務が結了していないに拘わらず、清算結了の登記が終わっていても、未だ結了を要する現務が存在している場合には、法人格は消滅しません(最高裁昭和36年12月14日判決。民集15巻11号2813頁)。したがって、D社に対する強制執行は法律的には可能です。ただし、D社名義の資産は存在しないはずですから、実効性はないものと思いますので、通常であれば、小問3と同じく徴収停止の手続をとることとなります。
(3)D社の清算人は、知れたる債権である甲市の存在を知りながら、訴訟係属中に行われた解散決議に基づき、甲市に対し、債権の申し出を催告することなく、清算が結了したとして、清算登記を行ったのですから、不法行為が成立する可能性があり、D社の清算人に対し、損害賠償請求を提起することも検討すべきでしょう。この場合であっても、D社の清算人の個人の資産調査はあらかじめ必要です。無資力者相手に、損害賠償請求をしても、債権を回収できないからです。

6 小問5

(1)甲市は、督促を行なっている以上、支払わないE社に対して強制執行などの手続を採らなければなりません(地方自治法240条2項、地方自治法施行令171条の2)。

小問3で前述したように、E社に対する勝訴判決は債務名義として認められますので(民事執行法22条1号あるいは2号)、これに基づいて強制執行を行なうことを検討することになります。

(2)まず強制執行の対象となる財産を特定するために、E社の財産調査を行なう必要があります。E社の事務所の所有者を調査して、E社の所有であれば、事務所に対する不動産執行を検討すべきです。

また、業績が悪いとしても会社としての活動は行なっていると考えられますので、E社の取引先に対する売掛債権への債権執行も考えられます(民事執行法143条以下)。この点、通常、取引先などの調査は債務者であるE社自身に尋ねるしか方法がありませんが、本件債権は損害賠償請求権であり、貸付けの段階で債務者から資力に関する情報の入手可能な貸付債権とは異なります。よって、督促に応じない現状ではE社が情報を提示することは期待しがたく、事実上調査は困難と思われます。

(3)このような強制執行で回収できない場合、E社に賠償金支払いの意思があれば、賠償金を分割して支払可能かどうか交渉することも考えられます。交渉の結果、E社との間で賠償金の分割払いの合意ができた場合、支払期限の変更にあたるので「履行延期の特約」の要件に該当する必要があること、新たに甲市とE社との間で、強制執行受諾文言が入った公正証書の形で合意書を作成して取り交わすべきことは小問1で前述したとおりです。