2009年 春

自動車損害賠償保障法第16条及び総合保険契約による保険金の支払いと総計予算主義について

Question

公用車が事故を起こして、市が損害賠償の責を負うことになったが、被害者は市の契約している保険会社から直接、損害賠償金を受け取ることになった。

この場合、保険会社からの被害者に対する保険金の直接支払額について、市としては総計予算主義の原則から、どのような予算上の措置が必要になるのかご教示願います。

この予算上の措置を実施する場合において、自動車損害賠償保障法第16条により補てんがされるときと総合保険契約により補てんがされるときとでは、取扱が異なるのか併せてご教示願います。

なお、次の3つの考え方のいずれの場合においても、地方自治法第96条第1項第13号の規定により、損害賠償の額の決定について議決を得ることについては、異論がないものです。

(本市の考え方)

本市の考え方は、次の3つに分かれています。

(1番目の考え方)

自賠法第16条の規定により補てんをされる場合について、同条の規定による損害賠償の責任主体は、あくまでも自賠責保険によって損害を補てんされる被保険者である市であり、保険会社が被害者に対して直接支払う場合においても、保険会社は当該市の損害賠償債務を代位して行使しているに過ぎない。

よって、当該市の予算に損害賠償額を計上しておく必要がある。

総合保険契約により補てんがされる場合についても同様である。

(2番目の考え方)

自賠法第16条の規定により補てんをされる場合について、同条の規定による損害賠償の責任主体は、あくまでも自賠責保険によって損害を補てんされる被保険者である市であり、保険会社が被害者に対して直接支払う場合においても、保険会社は当該市の損害賠償債務を代位して行使しているに過ぎない。

しかし、同条については、地方自治法第210条(総計予算主義の原則)の特別法にあたり、地方公共団体の収入・支出という手続を経ることなく損害賠償金を被害者に支払うものである。この場合は、予算上の現金の流れがないので、予算上の格別の措置(観念上、保険会社からの保険金を収入し、被害者へ支出する)を採る必要はなく、また総計予算主義の原則に反するものではないので、当該市の予算に損害賠償額を計上しておく必要がない。

総合保険契約により補てんされる場合は、当該契約が地方自治法第210条の規定に優先することはできず、1番目の考え方と同様に当該市の予算に損害賠償額を計上しておく必要がある。

(3番目の考え方)

自賠法第16条により補填される場合について、2番目の考え方と同様である。

総合保険契約により補填される場合においても、被害者が直接保険会社に保険金を請求できることから、自賠法第16条により補填される場合と同様に予算上の現金の流れがないので、予算上の格別の措置(観念上、保険会社から保険金を収入し、被害者へ支出する。)を採る必要はなく、逆に予算上、収入・支出があったように取り扱うとすると、かえって実態にそぐわない現実の収支を予算上残すことになり適当でないので、当該市の予算に損害賠償額を計上しておく必要がない。

Answer

1 自賠責法16条は、事故の被害者が自賠責保険会社に対し、直接に損害賠償の請求ができることを定めています。また、被害者を迅速に救済する政策的理由から、自賠責保険は強制加入とされ(自賠法5条)、直接請求権は差押禁止とされ(同法18条)、保険会社の免責事由の制限(同法14条)が定められています。そして、この権利は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権とは別個の法律要件に基づいて発生する独立の権利と解されています(最判昭和39・5・12等)。ご質問中の第1及び第2の考え方は、保険会社による直接請求に対する支払を、市の債務の保険会社による弁済と理解されていますが、この点は次のように解釈すべきです。保険会社による直接請求に対する支払は、市の債務の第三者弁済(民法474条)とは異なり、自己の債務の弁済に過ぎず、その限度で市は被害者に対する賠償責任を免れ(自賠法第16条2項)、保険会社は市に対する保険契約に基づく損害の補てんをしたものとみなされる結果(同条3項)、市が負担した被害者への損害賠償債務は消滅することになります。
2 ご質問の要点は、総計予算主義を定める自治法210条の「収入」と「支出」に市がおかれた法律関係(保険会社の弁済により賠償責任を免れ、保険会社から保険契約に基づく損害の補てんを受けたものとみなされる)が該当するかという点ですが、下記の理由から消極に解すべきです。

地方自治体において、何を収入、支出と認識するかは明文規定がありませんが、財政法の4条はそれぞれ現金の移動を伴うものと規定し、国の会計において現金主義(反対概念は発生主義)を採用することを明示しています。

これは、公会計における、財政の健全性を維持し、恣意が入る余地を減らして客観性を維持し、執行責任を明確にする必要があるという会計制度の目的に基づく要請と考えられます。

利益追求にかかるコストをすべて算定する目的をもつ企業会計とは対照的で、企業会計では採用されている発生主義は、公会計では限定的にのみ採用されています。

そして地方自治法上、未収金や未払金の計上を認めていないこと、予算の出納整理期間を設けていること(235条の5)、赤字決算の場合は繰上充用が義務づけられていること(自治法施行令166条の2)、会計年度独立の原則(自治法208条2項)の財政の健全性を維持する趣旨は、現金主義の採用により貫徹されることなどから、自治法は収支の認識基準として現金主義を前提としていると解されます(この点、現在、財務諸表の作成など公会計制度の整備が検討されています)。

そうとすれば自治法が定める総計予算主義も、市を当事者とする現金移動が有った場合にそれぞれ収入支出が計上すべきことを要求していると考えられます。

現金移動がない減価償却などは、経済的変動があっても、特段の処理を要しないことになります。

このような理解から210条の「収入」「支出」は原則として市を当事者とする現金移動を伴う収支と解すべきです(各会計の振替はその例外と考えられます。財政法2条3項参照)。

3 よって市がいったん賠償債務を負担したことや、保険会社から被害者へ弁済がされたことは「支出」には該たらず、保険会社からの現金収入もない以上「収入」にもあたりません。あくまでも当事者は保険会社と被害者であり、市は特段の予算措置を要しないものと解します。
4 なお、ご質問に有るとおり、直接請求により被害者が保険会社から賠償金を受領した場合でも、自治法96条13号「損害賠償の額を定める」に該当し、損害賠償額全体について、議会の議決を要すると解すべきです。

よって上記のように解しても、議会や住民の審査を受けることは変わりありません。この議決につき180条の規定により長が専決することもできますが、損害賠償額の総額が専決可能な額の範囲内である必要があります。

5 ご質問中の第1や第2の考え方のように、本来は存在しない現金移動を擬制することは、予算の執行残との誤解を住民に与えることになりかねませんし、補正予算の決議や予備費の充用などをしない限り上記の96条の損害賠償の決議を得ることもできなくなる不都合が生じ(自治法222条)、妥当ではないと考えられます。

また、第4の考え方として、保険会社と市が、求償権と保険契約上の損失補てん請求権の「相殺」と取扱い、収支計上することも考えられますが、これは擬制に擬制を重ね、自賠法の明文規定に反するので、採用することは困難です

6 上記は全国市有物件災害共済会による支払の場合でも、同様に妥当するといえます。

同共済会は、自治法263条の2に基づく社団法人ですが、その契約において、自賠責と同様に被害者の直接請求権を認めています(総合業務規程18条)。

しかし、その権利は、保険会社の市への公務外使用などの抗弁を被害者に対抗でき(同条)、差押え禁止とされていないなど、自賠責との相違があり、強制加入保険であるか否かという基本的性格に基づく相違と理解されます。

任意保険における直接請求権の法律構成について、保険者が損害賠償請求権につき併存的債務引受を行ったとする説(東京高判昭和54・10・30)や、保険契約当事者間の第三者のためにする契約により直接請求権が生じるとする説など法律構成は分かれますが、保険会社が市の債務を弁済するのではなく、自己の債務の弁済であると一般に理解されています。

そして、保険会社の支払の限度において市が損害賠償債務を免れ、共済会が市に対し、災害共済金を支払ったものとみなされます(同規程18条5項)。

このようにして、市を当事者とする現金移動がない点は自賠責の場合と同様です。そのため上記と同様に収入、支出として予算措置をすることは不要と解すべきです。

7 上記のとおり、ご質問中の考え方3が正当とご回答いたします。

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