2011年 春

行政代執行による放置船舶の撤去について

Question

平成19年12月、当市が漁港管理者となる漁港内に係留していた漁船登録上の使用者Y占有の漁船が沈没し、船体内の油が流出。使用者Yには即時の引き揚げができず、油も港内に広がり続けたため、緊急の措置として市が同船を引き揚げ及び漁港施設(野積場)への仮置きを実施し、その後Yはその事実を認識し、現在に至っています。

陸揚げ時にYへ速やかに撤去するよう口頭で指導し、かつ、引き揚げ費用の請求を行いましたが、その半年後にYが入院し、意思確認が難しい状態で入院加療中のため、使用者へのその後の指導・費用請求は進んでいません。口頭による指導の際、使用者Yから漁船登録上の所有者Kは名義貸しに過ぎず事実上の所有権はYにある旨の説明を受け、現在までの折衝はYに限定されています。

周囲をロープで囲まれた簡易な船台の上に船体は置かれ、安全に固定されず船台からの転落その他の危険性があるため、当市としては漁船登録上の所有者にあたるK又はYに対して、撤去の指導・命令及び最終的には代執行による撤去・保管処分を進めることを検討しています。K又はYに対し手続きを進めていく上で、下記の点につき御教示願います。

引き揚げ費用の請求を漁船登録上の所有者に対して行えるか。
漁船登録で公証がされているとして、漁船登録上の所有者を所有者としてよいか。また、漁船登録上の所有者の漁船登録票返納により、所有権放棄と判断できるか。
市が漁船の陸揚げを実施し、置いているという事情があるが、事実上の所有者(Y)に対し、無断占用していると言えるか。
事実上の所有者(Y)が成年被後見人又は被保佐人になっていないが、意思能力に疑問がある場合に、その者に対する行政処分は有効であるか、また処分を行う際の注意点は何か。
陸揚げ時の事実上の所有者(Y)に対して、市漁港管理条例第16条第1号の規定により、同法第9条1項に反する無許可占有の中止及び原状回復を命じた時点又はその命令に基づく代執行を行なう時点で、陸揚げ時の事実上の所有者(Y)が所有権の放棄を主張した場合、所有者を撤去義務の相手方とした行政代執行処分は可能か。
市漁港管理条例抜粋
(占用の許可等)
第9条 甲種漁港施設(水域施設を除く。)を占用し、又は当該施設に定着する工作物を新築し、改築し、増築し、若しくは除去しようとする者は、市長の許可を受けなければならない。
市長は、前項の許可に甲種漁港施設の利用上必要な条件を付することができる。
第1項の占用の期間は、1月(工作物の設置を目的とする占用にあっては、3年)を超えることができない。ただし、市長が特別の必要があると認めた場合においては、この限りでない。
(使用の許可等)
第10条 次に掲げる者は、市長の許可を受けなければならない。
(1)
甲種漁港施設(法第39条第5項の規定により市長が指定する区域内に存する施設に限る。次条第1項において行政代執行による放置船舶の撤去について    平成19年12月、当市が漁港管理者となる漁港内に係留していた漁船登録上の使用者Y占有の漁船が沈没し、船体内の油が流出。使用者Yには即時の引き揚げができず、油も港内に広がり続けたため、緊急の措置として市が同船を引き揚げ及び漁港施設(野積場)への仮置きを実施し、その後Yはその事実を認識し、現在に至っています。読者からの質問に東京弁護士会自治体等法務研究部が回答自治体法務研究2011・春◆ 112  同じ。)のうち市長が公示により指定する施設を使用しようとする者
(2)
甲種漁港施設を当該施設の目的以外の目的に使用しようとする者
市長は、前項の許可に施設の使用上必要な条件を付することができる。
第1項の使用の期間は、1年を超えることができない。ただし、市長が特別の必要があると認めた場合においては、この限りでない。
(監督処分)
第16条 市長は、次の各号のいずれかに該当する者に対し、その許可若しくは承認を取り消し、その許可に付した条件を変更し、又はその行為を中止し、既に設置した工作物の改築、移転若しくは除去、当該工作物により生ずる漁港の保全上若しくは利用上の障害を予防するために必要な施設の設置又は原状の回復を命ずることができる。
(1)
第9条第1項又は第10条第1項の規定に違反した者
(2)
第9条第2項又は第10条第2項の規定による許可に付した条件に違反した者
(3)
偽りその他不正な手段により第9条第1項又は第10条第1項の規定による許可を受けた者

Answer

質問1について

1 市による本件漁船の陸揚げ行為について
(1)
市は、沈没した本件漁船の使用者Yが、本件漁船の陸揚げをすることができず、船体内の油が流出し、港内に広がり続けたことから、緊急の措置として、自ら本件漁船の陸揚げをしています。
(2)
この点、漁港管理者は、漁港管理規程を定め、これに従い、適正に、漁港の維持、保全及び運営その他漁港の維持管理をする責めに任ずるとされているところ(漁港漁場整備法26条)、市は、当該漁港管理規程として市漁港管理条例を定め、同条例において、市長は、漁港管理者として、本件漁港の維持管理を適正に行うよう努めるとしています(同条例2条1項)。かかる努力義務を課せられている漁港管理者としては、事務管理(民法697条)として、本件漁船を陸揚げしたものと考えることができます。

 すなわち、市漁港管理条例においては、漁港内で沈没した漁船を陸揚げすることを義務付ける規定はなく(「義務なく」)、使用者Yには即時引き揚げをすることができないためにYのために(「他人のため」)、陸揚げをしたからです。もっとも、漁港管理者は、船体内の油の流出を防ぐ目的を有していましたが、陸揚げにより、本件漁船を引き揚げる義務を負っているYに発生する損害賠償債務を最小限にとどめた効果もありますので、「他人のため」の要件を充足します。

(3)
なお、平成3年3月8日最高裁判決では、漁港管理者である町が当該漁港の区域内の水域に不法に設置されたヨット係留杭を撤去した事案において、漁港管理者は、漁港法(現:漁港漁場整備法)26条の規定に基づき、漁港管理規程に従い、漁港の維持、保全及び運営その他漁港の維持管理をする責めに任ずるものであり、したがって、漁港の区域内の水域の利用を著しく阻害する行為を規制する権限を有し、漁港管理者の当該管理権限に基づいて漁港管理規程によって当該杭を撤去することができるとした上で、漁港管理規程が制定されていない場合には、当該撤去は漁港法(現:漁港漁場整備法)に違反しているとしています。

 ただし、この判例の事例では、ヨット係留杭を設置した者の意思に反して杭を撤去していますから、本質問におけるように事務管理が成立する場合ではありません。

(4)
以上のとおり、本件では事113 ◆自治体法務研究2011・春務管理が成立しますから、市は、本件漁船の陸揚げに要した費用を有益費として、民法702条に基づき、本来の管理者(他人)に請求することができます。なお、民法702条に規定する「有益費」には、保存費、必要費が当然に含まれます。
2 費用の請求相手
(1)
そこで、次に、市は事務管理により発生した償還請求権を、本件漁船の漁船登録上の所有者に対しても行使することができるかどうかを検討します。
(2)
漁船登録上の所有者とされているのはYではなくKであり、Kは実際に本件漁船を使用していなかったとしても、自己の名義を使用することをYに対して許諾していた以上、商法14条の類推適用により、市は、Kに対して、本件漁船に関して生じた損害賠償請求することができるかどうかが問題となります。

 しかし、本件は純粋な事実行為としての事務管理であり、その外観を信用するような事情もないので、例えば商法14条の類推適用の前提を欠くと考えられます(弥永真生「リーガルマインド商法総則・商行為法(第2版)」44頁)。

 したがって、漁船登録上の所有者Kに対しては、市は引き揚げ費用を請求することはできないと考えられます。

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質問2について

漁船登録は、所有権とは関係なく、その船を漁船として使用するために必要とされているものであり(漁船法10条1項)、当該漁船の所有権を取得するために必要なものでも、当該漁船の所有権を第三者に対抗するために必要なものでもありません。

 したがって、Kが漁船登録上所有者とされていることのみをもって、Kを当該漁船の所有者として扱うべきではなく、別途、所有者が誰であるのか検討する必要があると考えられます。

すなわち、まず、漁船所有者は、船舶登記及び船舶原簿への登録が必要であり(商法686条1項)、かつ当該登記及び登録によって第三者に対抗することができるとされています(商法687条、船舶法5条1項)。

 他方、総トン数20トン未満の船舶であれば、上記登記及び登録は必要ないとされており(商法686条2項)、対抗要件も、通常の動産における対抗要件と同様、引渡しとなります(民法178条)。

したがって、本件の漁船の総トン数が20トン以上の場合には、市は、当該漁船の船舶登記及び船舶原簿への登録がなされている者を所有者とすれば足りることになります。

 他方、本件の漁船の総トン数が20トン未満の場合には、市は、本件の漁船を占有する者(本件ではY)を所有者とすれば足りることになります。

また、以上のとおり、漁船登録上の所有者は、当該漁船の所有者とはされない以上、漁船登録票についても、その所持や返還によって当該漁船の所有者か否かが決まるものではありません。

 すなわち、漁船登録票は、漁船の登録申請者に交付されるものであり(漁船法12条1項)、その交付を受けた者が漁船の使用者ではないときは、漁船の使用者に交付しなければならないとされ(漁船法12条2項)、さらに、漁船の使用者が備え付けるものとされているにすぎず(漁船法15条)、当該漁船の所有権取得に必要なものでも、当該漁船の所有権を公示するために必要なものでもありません。

 また、漁船登録票の返納は、登録の効力を失ったときか、登録が取り消されたときに必要とされているものであり(漁船法20条1項)、当該漁船の所有権を失ったときに必要とされているものではありません。

 したがって、そもそも所有者とされない以上、漁船登録票を返自治体法務研究2011・春◆ 114納したとしても、所有権放棄と判断されるものではありません。

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質問3について

 質問1で説明したとおり、本件漁船の陸揚げは、市が事務管理として行ったものですから、Yが陸揚げした本件漁船を、Yが管理することができるまで事務管理を継続しなければなりません(民法700条)。したがって、Yに対する関係で無断占有していることにはなりません。

 ただし、市は、Yに対し事務管理をはじめたこと、すなわち、本件漁船を陸揚げし、漁港施設に仮置きをしたことを通知しなければならず(民法699条)、速やかに、本件漁船の引き取りを求めることができます。

 この点については、本件漁船の陸揚げ時口頭で行っているので、問題はありませんが、そのZ末は、復命書ないし報告書を作成し、公文書として保存して下さい。将来の紛争に備える措置です。

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質問4について

行政行為の効力が生ずるのは、行政行為が相手方に到達した時とされています(宇賀克也「行政法概説T(第2版)」315頁参照)。

 また、最判昭和29年8月24 日刑集8巻8号1372頁は、行政庁の処分については、特別の規定のない限り、意思表示の一般的法理にしたがって、その意思表示が相手方に到達した時に効力を生ずるとしています。

したがって、行政庁の処分については、その名宛人に意思表示の受領能力が必要であり、受領能力がなければ、当該処分はいまだ効果が発生していないと考えられます。

 仮に、行政代執行を行う場合には、その執行の前提として、戒告や通知(行政代執行法3条1項、2項)についても相手方に当該戒告や通知が到達しないとその効力は生じないと考えられます。

この点、Yが成年被後見人または被保佐人とされていなくても、その意思能力がない場合には、Yには行政処分の受領能力もないので、Yに対する行政処分は無効となります。

 この場合において、厳格に行うのであれば、市が、Yの後見開始または保佐開始の申し立てを行うよう親族等に促し、後見開始の審判又は保佐開始の審判により選任された後見人又は保佐人に対して行政処分を行うことが考えられます。

したがって、本件において行政代執行を行うに際しては、Yに意思表示の受領能力が必要となると考えられ、意思能力がない場合には行政代執行を行うことはできないものと考えられます。

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質問5について

所有権の放棄は、公序良俗に反して行うことも、第三者の権利を侵害する態様により行うこともできないとされています(我妻栄「新訂物権法」249頁)。
本件では、Y所有の漁船が沈没して、船体内の油が流出し、Yが即時の引き揚げができないことから緊急の措置として市が陸揚げを行って、仮置きをしたものです。

 それにもかかわらず、Yが当該漁船を撤去することなく、当該漁船の所有権を放棄するということは、漁船の撤去の作業及び当該作業の費用の負担を免れるためと考えられます。

したがって、そのような所有権の放棄は公序良俗に反し、また、市を含む第三者の権利を侵害する態様により行うことになりますので、Yは、少なくとも市に対しては所有権の放棄を主張することができないと考えられます。
ただし、Yが本件漁船の所有権を放棄するには、意思能力があることが前提となりますから、仮に、代執行に関する他の要件が具備するのであれば、Yを撤去義務の相手方とした行政代執行は可能と考えられます。
しかし、本件漁船を陸揚げし、漁港施設に仮置きした行為は、事務管理として市が行ったものですから、Yに本件漁船を引き渡すまでは、市には事務管理を継続する義務があります(民法700条)。本件漁船が簡易な船台から転落する等の危険があるのであれば、市は、事務管理を継続する必要がありますから、市は、事務管理として、本件漁船の安全性を確保しなければなりません。

 ところで、事務管理は「その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって」しなければなりません。本件では、本件漁船を安全に保管できるために、本件漁船を移動する、あるいは漁港管理施設の占用許可を受けて占用料を支払いかつ船台の安全性を確保する方法が考えられ、これに要する費用と、いったん沈没した本件漁船との価額を比較して、前者の費用が後者の価額を上回るような場合には、廃棄することが「最も本人の利益に適合する」ことになります。

 したがって、Yに、意思能力があるのであれば、現在の管理の状況を報告し、Yの意思確認を行うこととなります。しかし、意思能力がなければ、Yにとって不利であることが明らかな場合以外は、市の判断で、安全な保管方法を採用するか廃棄するかを決めることとなります。

また、漁港管理者たる市が、事務管理として、漁港施設に仮置きしたことにより、一時的な占用を黙認したと考えるべきですから、Yが意思能力を有している上で、本件漁船の引き取りも廃棄も拒否したような場合に、市は漁港管理者として、引き取り期限を定め、その期限後は、占用させない旨を通知することにより、監督処分を行うことができ、その場合には、行政代執行に至ることが可能となります。しかし、本件では、Yには、意思能力がなさそうですから、事務管理を継続すれば足りるものと考えます。

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