国から譲与を受けた土地に対する時効取得の申出

当市では、平成15年に、国有財産特別措置法に基づき、Aさん所有地に隣接する水路敷きの土地(以下「本件土地」といいます。)の譲与を受けました。本件土地は、いわゆる廃滅水路の一部を構成する土地で、昭和39年頃から、Aさんが所有する建物敷地の一部として使用されていましたが、平成14年に、Aさんは、国有財産を管理していた甲県に土地境界確定申請を行い、境界が確定しています。土地境界確定申請書は、甲県の様式として定められたものが使用され、「私所有の下記土地と隣接する国土交通省所管国有地との境界(地図朱線の箇所)を協議し、確定の上土地境界図の取り交わしについてお願いします。」との記載があります。

その後、平成18年、Aさんから、本件土地の払い下げについての相談があり、当市の担当者は、払い下げ価額は本件土地の実勢価格が基本となり、減額等は行わない旨を説明しましたが、それ以上の相談はありませんでした。

ところが、平成23年4月になって、Aさんの代理人である弁護士から、本件土地を時効取得したので、所有権移転登記に応ずるようにと内容証明郵便が届きました。その書面によりますと、Aさんは、昭和39年に本件土地を含む土地を売買により取得したと信じて占有を10年間続けたので本件土地を時効取得したこと、国有財産特別措置法により、市町村に譲与できるのは、河川法、道路法等の適用がない河川等及び道路の用に供されている土地に限られ、廃滅水路のように河川の用に供されていない土地は含まないものであり、譲与の法的根拠を欠くものであるから、市は、時効取得したAさんに対し登記の欠缺を主張できないとされています。

市は、Aさんが本件土地を時効により取得したことを認め、所有権移転登記に協力すべきでしょうか。

1  国有財産特別措置法5条1項5号

地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律に基づき行われた国有財産特別措置法の改正により、法定外公共用物の用に供されていた土地が市町村に譲与されたことは、ご承知のことと思います。譲与自体は、市町村からの譲与申請に基づいてなされていますが、各市町村は、その行政区域内にある無番地の国有地のほとんどを申請したのではないでしょうか。その結果として、既に、河川又は道路として機能を失い、住民により占有されている土地も譲与の対象となっています。

国有財産特別措置法5条1項5号は、河川等(河川、湖沼その他の水流又は水面をいい河川法が適用又は準用される河川及び下水道法が適用される下水道を除く)、又は道路(道路法の適用がある道路を除く)の用に供されている国土交通大臣の所管に属する土地について、国が当該用途を廃止した場合において、市町村が河川等又は道路の用に供するときに、市町村に譲与することができるとされています。それにもかかわらず、既に、河川等又は道路としての機能を失っている土地の譲与を受けた場合について、東京高裁平成20年10月30日判決は次のように述べています。

(国有財産特別措置法5条1項5号の)「趣旨は、里道や水路といった法定外公共物の管理が、従前財産管理は国の機関、機能管理は市町村(東京都の特別区を含む。以下同じ。)という二元的な管理が行われてきたが、地方分権推進施策の一環として、財産管理と機能管理を市町村に一元化すべく、包括的な譲与手続を行うこととしたものである。したがって、譲与の対象となるのは、現に機能を維持しているものに限られ、公物としての機能を失ってしまっている里道や公共用水路等(以下「機能喪失財産」という。)は、譲与の対象からは除外されるものとされている(証拠省略)。公物としての機能を喪失しているか否かの判断は、行政手続上は、譲与を申請する市町村の判断に委ねられることになる(証拠省略)が、機能喪失財産であることが明らかであるのに譲与の申請をすることは、認められていないというべきである。」として、本来譲与を受けることはできなかったとしています。この解釈は、国有財産特別措置法5条1項5号の文理からすれば当然のことと思われますが、機能喪失財産であるか否かを調査するためには、相当な時間と費用を要することが容易に予想されますから、「機能喪失財産であることが明らか」であるか否かの判断については慎重であるべきと考えます。


2 登記の対抗力

民法177条は、不動産に関する物権変動は不動産登記法等が定めるところにしたがいその登記をしなければ第三者に対抗することはできない旨を規定しています。本件事例に則していえば、Aさんは、取得時効により本件土地を国から取得し、他方、市も国から譲与により本件土地を取得したのですが、Aさんが自己の所有権を市に主張するためには所有権の登記が必要となり、また、逆に市がAさんに対し本件土地の所有権を取得したというためには、所有権の登記が必要となるということです。本件事例では、Aさんは、国に対して取得時効を主張して、登記を取得していませんから、取得時効完成後に国から本件土地の譲与を受けた市に対して、所有権を主張するためには、登記が必要ということになります。

ただし、常に登記が必要というわけではなく、例外的に、不動産登記法4条及び5条が「登記の欠缺を主張できない者」を規定しているほか、信義則違反又は権利濫用の場合にも、登記の欠缺を主張し得ない者(背信的悪意者)とされています(最高裁昭和43年8月2日判決、民集22巻8号571頁)。

そこで、本来譲与を受けることができない市が、国から譲与を受けた場合に、背信的悪意者に該当するかどうかの検討が必要となります。

この点、上記東京高裁判決は次のように判示して、背信的悪意者にあたるとしています。

「本件係争地を含む譲与がなされたのは、市町村が機能管理をしている法定外公共物について、財産管理も市町村に一元化するためであったこと、被控訴人が調査を怠った結果、本来譲与の対象とすべきでなかった本件係争地が譲与されたこと、本件の譲与がされなければ控訴人は取得時効に基づく所有権を国に対して主張しえた筈であること等の事情を考慮すると、本件係争地について、譲与を受けた被控訴人が、時効成立後の権利取得者として時効取得者に対し、登記の欠缺を主張できるとすることは信義誠実の原則に反するといわざるを得ないから、被控訴人は控訴人の登記の欠缺を主張できないと解するのが相当である。」


3 自主占有

以上のとおり、本件土地につき、Aさんに取得時効が成立している場合には、登記の欠缺の主張では、市は訴訟で敗訴する可能性が高いといわざるを得ません。

しかし、取得時効が成立するためには、他人の土地を、「所有の意思をもって」占有することが必要です。

本件では、平成18年にAさんは本件土地の払い下げの相談に来ていますから、本件土地を所有の意思をもって占有していたとはいえないと思います。すなわち、払い下げの相談をするということは、通常所有者がとる行動ではないからです。したがって、市としては、Aさんが本件土地の払い下げの相談に来たことを立証できれば、取得時効の成立を否定することができます。

4 時効利益の放棄

時効完成後に、元所有者の所有権を認める行為をした場合には、元所有者は、占有者が取得時効を主張しないものとの期待を抱きますから、信義則上、取得時効の援用は許されないこととなります(消滅時効につき最高裁昭和41年4月20日判決、民集20巻4号702頁)。

本件では、平成14年に、Aさんが、国有財産を管理していた甲県に対し、本件土地が国の所有地であることを前提として土地境界確定申請を行っていますから、時効利益を放棄したものと評価することができます。

5 結論

本件のような事例では、占有者が、所有の意思をもって国有地を占有していたのかどうか、時効成立に必要な期間経過後に、国の所有権を認める行為をしていたかどうかを確認した上で、取得時効の成立を認めるのかどうかを決めるべきです。

また、取得時効が成立する場合でも、当然に無償ということではなく、実勢価額を減額した価額の支払いを条件とする方法もあり得ます。民間取引でいわれる「判子代」に相当するものです。

参考

国有財産特別措置法

第5条

普通財産は、次に掲げる場合においては、当該地方公共団体に対し、譲与することができる。ただし、第3号及び第4四号の場合にあつては、普通財産である土地については、この限りでない。

(1号から4号省略)

河川等(河川、湖沼その他の水流又は水面をいい、河川法(昭和39年法律第167号)が適用又は準用される河川及び下水道法(昭和33年法律第79号)が適用される下水道を除く。以下この号において同じ。)又は道路(道路法(昭和27年法律第180号)が適用される道路を除く。以下この号において同じ。)の用に供されている国土交通大臣の所管に属する土地(その土地の定着物を含む。)について、国が当該用途を廃止した場合において市町村が河川等又は道路の用に供するとき。(2項省略)