市町村長の専決事項について

当市の議会では、地方自治法180条1項に基づき、「軽易な事項」に関する議決を検討していますが、住宅明渡訴訟及び住宅新築資金等貸付金の返還請求訴訟(金額の上限なし)について、議決により長の専決に委ねることに問題はないでしょうか。

結論として、金額の多寡も「軽易な事項」の判断に大きな影響を与えますから、金額の上限を設定しない専決の議決は違法と考えます。

理由を以下述べます。

長による専決の制度は、本来、普通地方公共団体の権限とされている事項であっても、何らかの理由で必要な議決を得ることができない場合や、議会自身があらかじめ議決を得る必要がないと考える事項についてまで、議決を要求していたのでは、円滑な行政執行が困難になってしまうため、自治法は、一定の場合には、議会の権限に属する事項であっても普通地方公共団体の長が代わって行うことを認めるとしたものです。

長の専決制度には、緊急専決処分(自治法179条)と議会の委任に基づく専決処分( 自治法180条)との2種類の制度があります。ご質問は、後者に係るものです。

自治法96条1項12号は、訴えの提起を議会の議決事項としています。この規定に従えば、公営住宅の明け渡しのように、その訴訟の対象物の価額が低く、また、明け渡しを求める理由も、賃料の不払いその他の信頼関係の破壊、あるいは住宅の建て替え等と類型化したものに限られるため、これを訴え提起の度毎に議会に議案として提出して、議決を得る必要性に乏しいと考えられます。

また、必ず、定例会に議案として提出することとすると、訴え提起の時期が限られてしまうという制約も伴います。

そこで、自治法180条は、普通地方公共団体の議会は、議会の権限に属する事項であっても、軽易な事項については、議会の議決により特に指定して、普通地方公共団体の長の専決に委ねることができると規定したものです。

この点に関する判例としては、東京高等裁判所平成13年8月27日判決(判例時報1764号56頁)が有ります。

この事例は、東京都議会で行った議決に関するもので、訴えの提起と同じく、議会の議決事項とされている和解につき、昭和39年になされた議決では、応訴事件において、裁判上の和解をする際には、金額の上限の定めが有りませんでした。そのため、東京都では、知事の専決処分により、85億円の和解金を支払う和解を成立させたところ、違法な支出であるとして、住民訴訟が提起されたというものです。

東京高裁は、「どのような訴訟上の和解が法180条1項にいう軽易な事項に該当するか否かの判断は、第一次的には当該普通地方公共団体自身の意思、すなわち、住民の代表者で構成される議会の判断にゆだねられているものというべきである。しかし、法180条1項が、特に軽易な事項に限って長の専決処分にゆだねることができる旨を規定していることからすると、およそ訴訟上の和解のすべてを無制限に知事の専決処分とすることは法の許容するところではないというべきであり、このような議決がされた場合には、議会にゆだねられた裁量権の範囲を逸脱するものとして、違法との評価を受けるものというべきである。」との原則論を述べた上で、「都が提起する訴訟事件が除外されているとはいえ、およそ都が応訴した訴訟事件に係る和解のすべてを知事の専決処分とすることは、あまりに広範囲の和解を知事の専決処分をにゆだねるものといわざるを得ない。応訴事件に係る和解のすべてが軽易な事項であるとすることは、「和解」を原則として議会の議決事件とした法96条1項12号及び議会の権限のうち特に「軽易な事項」に限って長の専決処分にゆだねることができる旨を規定している法180条1項の趣旨に反するものであって、本件議決は、都議会にゆだねられた上記裁量権の範囲を逸脱するものというべきである。」としました。ただし、この事案では、議決は違法・無効ではあるが、当該議決が一義的に明白に違法であると言うことはできないとして都知事個人の損害賠償責任を否定しています。

この判決が摘示するとおり、「軽易な事項」であるか否かは原則として、議会が判断することができますが、少なくとも、金額の制限を全く設けることなく、長の専決に委ねることは議会の裁量を件を範囲を逸脱するものです。

したがって、住宅明け渡し訴訟であっても、訴訟の目的物の価額で上限を設けるか、公営住宅法の適用を受ける公営住宅の明け渡しに限定する必要があります。また、貸付金の返還についても、上限額を設定する必要があります。

ちなみに、東京都では、上記判決後、議決を取り直し、応訴事件における和解についても上限額を3000万円に設定しました。しかし、このような高額の金額を設定しているのは東京都の財政規模が大きいからと考えられます。他の地方公共団体では、高額でも500万円程度であり、統計資料はありませんが、回答者の知っている範囲では、30万円から100万円の範囲が多いように感じています。


(参考)

「訴えの提起等の知事の専決処分について」(昭和39年3月23日都議会議決)

昭和39年4月1日以降次の事項は、知事が専決処分することができる。
都が提起する訴えであって、その訴訟の目的の価値が1000万円以下のもの
都が応訴した事件及び前号の事件についてする和解
「応訴等の知事専決処分に関する件」(昭和25 年9月16日都議会議決)については、昭和39年3月31日限り廃止する。

「訴えの提起及び和解に関する知事の専決処分について」(平成13年10月5日都議会議決)

平成13年10月10日以降次の事項は、知事が専決処分することができる。
都が提起する訴えであって、その訴訟の目的の価額が3000万円以下のもの。
都が応訴した事件であって、その目的の価額が3000万円以下のもの及び前号の事件についてする和解
「訴の提起等の知事の専決処分について」(昭和39年3月23日東京都議会議決)は、平成13年10月9日限り廃止する。