借家人が補償契約締結後に所在不明となった時の対応

当市では、都市計画道路整備事業を行っていますが、先日、借家人がいる建物の敷地を任意買収することができ、借家人の方とも、補償契約を締結し、立ち退き補償金の5割を支払い、立ち退き完了後に、残り5割を支払うこととなっていました。明け渡し期限直前になって、土地建物所有者から、借家人が夜逃げをしたとの連絡が入り、現地に赴くと、借家人は家財道具を残置したまま姿を消していました。土地建物所有者からは、1日も早く、土地を明け渡し、残代金の支払いを受けたいとの要請を受けています。
このような場合、どのような手続を踏めば、建物の明け渡しを受けることができますか。

ご質問のケースにおいては、借家人の所在が不明ですから、訴えを提起して、訴状は公示送達によって送達し、仮執行宣言つき判決を得て、建物明け渡しの強制執行を行って下さい。

(理由)

市は、借家人との間で、補償契約を締結し、借家人は、市に対し明け渡し期日までに、借りている建物を明け渡す契約上の義務を負っています。したがって、約束した明け渡し期日までに、建物の明け渡しを完了しなければ、債務不履行となります。

既に、ご承知と思いますが、借家人が所在不明であっても、市が自力で残置された家財道具等を廃棄することはできません。このようなことをすれば、不法行為に基づく損害賠償請求をされるおそれがあるほか、器物損壊罪等の罪名で刑事告訴されるおそれもあります。

そこで、法的手続が必要となります。ご質問のようなケースでは、契約に基づく建物明け渡しを求める訴訟を提起することとなります。借家人が所在不明ですから、通常の手段では、訴状の送達ができませんので、公示送達の方法によることとなります。ここで、公示送達とは、裁判所書記官が送達書類を保管し、名宛人が出頭すればいつでもこれを交付する旨を裁判所の掲示場に掲示して行う送達方法のことをいい(民事訴訟法111条)、掲示を始めたときから2週間を経過することによって、その効力を生じます(民事訴訟法112条)。

訴状が公示送達によって送達されると、第1回口頭弁論期日が開かれ、被告欠席で、判決の言い渡しになります。判決で、仮執行宣言が付されれば、判決の言い渡しを受けた日から直ちに強制執行の申立が可能となります。訴状提出から判決言い渡しまでは、通常、2ないし3ヶ月みておけばよいと思います。

また、建物の明け渡しを急いで行わなければならない必要性があるときは、仮の地位を定める仮処分(断行の仮処分)を申し立てることができますが、この仮処分は、本案の勝訴判決を得る前に、勝訴判決を得たのと同様の状態を作り出すものですから、裁判所は、判断をすることについて慎重になります。そのため、市の主張が正しいことを疎明するための資料もしっかりしたものを要求され、借家人の所在が不明であっても、1回の審尋で命令までもらえる可能性は、一般的には、低いものと考えられます。また、仮処分が必要だと判断しても、借家人に発生する損害を考慮すると、保証金も高めに設定される可能性があります。

したがって、仮の地位を定める仮処分の申立てはすべきではありません。