職務代理者の公印と納税通知書

当市では、市長が自ら職務を行い得ないこととなる場合、副市長が職務代理者となります。市長名で施行している文書は、職務代理者名で施行することは承知しております。問題は、その職務代理期間に、急遽、大量に文書(納付書・督促状等)を発送しなければならず、「〇〇市長(当市の納付書には個人名は記されておらず)印影」で発行した場合、市長職務代理期間中に職務代理者でなく市長名で施行した文書の法的効果についてはどうなるのでしょうか。
また、「〇〇市長 印影」(通常はそれで発行している)で発行できるような方策はないでしょうか。

(1)法的な効力

(結論)

納付書及び督促状が真正に成立したものであることの認証ができず、最悪の場合、公文書偽造となる恐れがありますので、職務代理者名で行うべきです。既存の用紙を用いるのであれば、時間がかかっても、訂正して発行して下さい。

(理由)

1 職務代理

長の職務代理とは、地方自治法152条に基づき、普通地方公共団体の長に事故があるとき又は長が欠けたときに、副知事又は副市長等が長の職務を代理することをいいます。

この規定において「事故があるとき」とは、長が、長期又は遠隔の旅行、病気その他の理由により、その職務を自ら行えない場合をいいます。したがって、長が、何らかの理由で当該地方公共団体の区域内にいないときでも、長がその職務について自ら意思を決定し、かつその事務処理について職員を有効に指揮し得る限りは、「事故があるとき」にはあたりません。したがって、海外出張でも、職務代理をおく必要がない場合もあり得ます。

これに対して「長が欠けたとき」とは、任期満了、辞任等で長が不在となった時を指し、選挙により、新しい市長が選任されるまでの間は、職務代理として、副市長が、長の職務を行うこととなります。

したがって、職務代理期間中は、「〇〇市長職務代理者、〇〇副市長氏名」と表示した上で、公印規則に定める市長職務代理者の公印を押印して、印影を表示することとなります。


2 公印の意義

公印は、公務上作成された文書に使用する印章で、その印影を表示することにより、当該文書が真正に成立したものであることを認証することを目的とするものです。そして、公印は、「公印規則」等の名称の規則により、その種類、形状、字体、保管方法等が規定されているものです。

公印の目的が、当該文書が真正に成立したものであることを認証するものである以上、職務代理者が意思決定をした場合には、前記1で述べたとおり、文書作成者を表示し、職務代理者の公印を押印することとなります。


3 納付書、督促状の有効要件

ご質問は、納付書、督促状に表記する文書作成者を、職務代理者が意思決定をしているにかかわらず、「〇〇市長 印影」で表示しようとするものです。

仮に、このような公文書を作成したとすれば、この公文書が真正なものであることは、担保されません。職務代理については、広報等で広く市民に周知されるのが通常ですから、市民は、市長が欠けている期間は、職務代理者が市長の職務を行っていることを知っていることが多いと思われます。特に、最近のように振込詐欺事件が頻発している中で、市民は、納付書、督促状が本当に市が作成したものかどうかを疑う可能性は高いといわざるを得ません。

さらに、ご質問は、職務代理者が市長に代わって職務を執行しているにもかかわらず、「〇〇市長印影」という形で、納付書及び督促状を発行しようとするのですから、この場合には、公文書の作成名義を冒用した、すなわち偽造となるか否かが問題となります。この点については、地方自治関係実例判例集第14次改訂版759頁(ぎょうせい)によれば、戦前の行政裁判所の判例で、「執務ノ便宜上代理名義ヲ省略シタルニ止マリ之ヲ以テ偽造ナルト認ムヘキモノニ非ズ」とするものがあるようですが、同書でも出典不明となっていますので、確認ができていません。この判例の考え方によれば、印影までも市長の印影を用いたとすると、「執務ノ便宜上代理名義ヲ省略シタル」とはいえず、偽造公文書という結論になります。

なお、通常は、納入通知書と納付書は会計規則上、使い分けられ、納入通知書を作成し、納入者に通知することとされ、納入通知書を紛失したような例外的な場合に、納付書により納付することとされているものと思います。このような場合には、納付書には発行者の職名は記載されない様式になっているものと思われます。


(2)「〇〇市長 印影」で発行できるような方策の有無

職務代理を行う原因が、「事故があるとき」とは、長が、長期又は遠隔の旅行であるような場合であれば、納付書及び督促状を発行する日だけ、長がその職務について自ら意思を決定し、かつその事務処理について職員を有効に指揮し得る状態を確保し、その日は、職務代理を解く方法があり得ます。現在のように通信システムが発展していれば、電子媒体を用いることにより、出先において市長は起案文書を閲覧し、決裁することが可能だからです。

これに対して、「長が欠けたとき」は、職務代理を解くことはできません。

そこで、「〇〇市長 印影」を二本線で削除した形で、納付書及び督促状を発行することができるかどうかを検討します。

会計規則等では、納付書及び督促状の様式を定めていても、記載事項を条例により定めている事例は寡聞にして知りませんので、発行者の職名が記載されていなくても、納付書及び督促状の法的効果には影響はないものと考えられます。

これに対して、納税通知書の場合、「納税者が納付すべき地方税について、その賦課の根拠となった法律及び当該地方団体の条例の規定、納税者の住所及び氏名、課税標準額、税率、税額、納期、各納期における納付額、納付の場所並びに納期限までに税金を納付しなかった場合において執られるべき措置及び賦課に不服がある場合における救済の方法を記載した文書で当該地方団体が作成するものをいう。」との定義規定があり(地方税法1条1項6号)、この規定に記載されている事項の記載を欠いたり、当該地方公共団体が作成したことが納税通知書上明らかにされていなければ、納税通知書としての法的効果は発生しません。また、戦前の行政裁判所の判決ですが、国税滞納処分における差押調書に村長の捺印を欠いていても差押処分のあったことを認定できるとしたものがあります(行政裁判所大正7年6月28日、行政裁判所判決録29輯634頁)。

次に、大量に発行する文書について、専用公印を定めていると思いますが、公印規則で、「市長に職務代理者が置かれた場合は、市長の専用公印を市長職務代理者の専用公印とみなす。」旨の規定をおいているところもあるようですが、この場合でも「職務代理者〇〇副市長氏名」は挿入せざるを得ず、なおかつ、公印規則の写しも同封しないと、職務代理者が市長の職務を執行していることを知っている市民から疑いの目を向けられることとなりかねません。