用地買収時の借地権の移転時期

当市では、市道の整備事業を行っていますが、今回、市道の拡幅に当たり、借地権付きの土地について、土地所有者及び借地権者との合意がとれ、それぞれに売買契約を締結すべく準備をしております。
ところが、借地権付建物の買取契約書において、売買契約成立後、8か月間、借地権者がそのまま買収建物に居住する必要があることから、居住を認めることとしているため、売買成立時に借地権を消滅させることができないのではないかとの疑問が生じています。
このような場合、借地権を消滅させることはできないのでしょうか。

(結論)

 底地の売買契約を成立させた上で、借地権付建物の売買契約を成立させ、土地所有者と借地権者を市として、借地権を消滅させた上で、明け渡し猶予期間を8か月とし、その間、賃料相当損害金を支払わせることとします。

 

(理由)

 まず、底地の売買契約を成立させる。この売買契約は、理屈上先行させるだけであって、現実には、借地権売買契約と同日売買契約とする。底地の売買契約は、通常の土地の売買契約書でよいです。
 借地権付建物の売買契約書においては、(1)売買の対象物を特定する規定、(2)借地権の売買代金を定める規定、(3)売買代金の支払い方法を定める規定、(4)借地権の移転時期を定める規定、(5)借地の明け渡し猶予の規定、(6)賃料相当損害金の規定、(7)遅延損害金の規定、(8)その他の規定が必要になります。その他の規定は必要に応じて規定することとします。


 以下、順次説明いたします。

 

(1) 売買の対象物を特定する規定

 売買の対象は、借地権が設定されている土地と建物です。土地については、所在、地番、地目、地積の外土地所有者の氏名です。この契約においては、底地の売買契約を先行させますから、土地所有者は市を記載します。念のため、前所有者も記載することは可能です。

(2) 借地権の売買代金を定める規定

 借地権の売買契約書ですから、売買代金を定める必要があります。借地権つき建物の値段になります。
(3) 売買代金の支払い方法を定める規定

売買代金は、売買契約書作成時に支払うのが原則ですが、本件では、借地権付建物を、売買契約成立後8か月間使用することを認めるのですから、売買契約成立時に支払う金額と建物明け渡し時あるいは建物除却時に支払う金額とを定める必要があります。この金額の割合は、地方により慣習を異にしていますが、私が知っている範囲では、8対2、5対5等があります。

(4) 借地権の移転時期を定める規定
 借地権が移転する時期を定めますが、本事例では、売買契約成立時に、売買代金の一部支払いとを引き換えに、即移転にします。売買契約成立と同時に借地権付建物の所有権が市に移転し、底地所有者と借地権付建物の所有者が同一人になり、借地権が消滅するのです。
(5) 借地の明け渡し猶予の規定
 本事案においては、借地権付建物所有者だった方が、8か月従前通り借地権付建物を使用することが必要ですので、借地の明け渡し時期ないしは建物の明け渡し時期を明確に規定します。場合によっては、即決和解の申立をする必要もあるかも知れません。即決和解というのは、借地権付建物の売り主と買い主が簡易裁判所に申立を行い、和解を成立させるものです。特定の日時に占有を明け渡すことを約すると、その和解条項に基づき、買い主は明け渡しの強制執行を申し立てることができるもので、借地権付建物の前所有者が、8か月を過ぎても借地部分の明け渡しをしないと、これを強制的に立ち退かすことができ、道路工事の遅れを防ぐことが可能となるものです。
 具体的には、「買い主は売り主に対し、平成〇〇年〇〇月〇〇日まで、本件借地権付建物の明け渡しを猶予する。」「買い主は前項の日までに本件土地を明け渡す。」というような文言の規定にします。
(6) 賃料相当損害金の規定

 買い主である市は、建物の所有権を取得しても直ちに建物を取り壊すことができず、前借地権付建物所有者は、従前どおり当該建物を使用することができるのですから、市はその期間の使用料相当損害金の支払いを請求することができます。もちろん、支払を免除することも可能ですが、契約書に明記する必要があります。仮に、使用料相当損害金の支払いを免除する場合には、猶予期間満了に明け渡しがなされることを条件とするのが良いでしょう。
(7) 遅延損害金の規定
 猶予期間中に、明け渡しが完了しない場合に備え、遅延損害金の定めをする必要があります。猶予期間が満了しても、当該土地を使用しているときには、それまでの使用料相当損害金の倍の金額は少なくとも定めておく必要があります。ただ、正当な理由がある場合には、買い主である市は、明け渡しの猶予期間も延長することができる旨の規定も必要でしょう。
(8) その他の規定
 その他、借地権付建物に課されている固定資産税・都市計画税の負担、抵当権等の抹消の規定、契約解除の規定等が考えられます。
 これらの規定により、買い主である市は、借地権付建物の所有権を取得し、明け渡し猶予期間を売り主に与えることが可能となります。