生活保護法第63条の返還金に対する破産管財人からの返還請求

当市では、Xに対し平成26年1月12日から生活保護を開始したが、開始後収入があることが判明し、平成26年4月9日から生活保護費の返還を求め、Xは当市に対し、6回にわたり、合計53万9000円を返還しました。ところが、Xは、平成26年3月12日に破産決定を受けており、破産手続が開始され、破産管財人として弁護士Yが就任し、当市に返還した63万9000円が破産債権に帰属するものであるとして、返還請求をしてきました。この請求に応じるべきでしょうか。

(結論)

応じて良いです。

 

(理由)

 Xは、生活保護開始後、アルバイトとして就労し、月々9万円前後の収入があったということで、Xの申告により、過誤納払の生活保護費として、生活保護法第63条に基づき、貴市に返還したということです。
 この収入は、Xが自ら申告し返還していますから、生活保護法第78条には該当しないため、国税徴収法の例によることはありません。したがって、通常の民事上の債務履行と何も変わらないこととなります。そうすると、破産法第162条の適用を受けることとなります。本件では、Xは、破産手続開始の申立てがあった後にした行為で、債務の消滅に関する行為に当たり、かつXは、支払不能な状態でなされた弁済行為になり、破産法第162条第1項第1号イに該当しますので、否認権の行使対象となります(条文後記)。

 生活保護受給者が、収入があったことで返還するのは、生活保護制度からして当然のことです。すなわち、最低限度の生活を維持するために、税金を原資として生活保護費を支給して、生活を維持することが困難な人を救済する制度ですから、若干でも収入があれば申告させ、その収入分を返還して
もらう必要があるからです。決して、民事上の約束により債務を負っているわものではありません。したがって、これが、一般民事の弁済と同じ扱いを受けることには、極めて疑問を感じます。しかし、現行の生活保護法上は、まず、当該生活保護受給者にとっての満額の生活保護費を支給し、その後若
干でも収入があればその分の額の返還を求めるという形をとっている以上、法律上、生活保護法第78条のような特殊な債権に該当するか、破産法第2条第14項の破産財団の対象財産から除外されていない限り、偏へん頗ぱ 弁済となり、否認権行使の対象となってしまいます。
 ただし、否認権の対象であるということで、訴訟を提起され、敗訴した場合に、返還をするという取扱いをしている地方公共団体もあるそうです。しかし、現実に、否認権行使の裁判が提起されると、必ず地方公共団体が負けています(東京地裁平成22年10月27日判決、裁判所ウェブサイト。千葉地裁平
成25年11月27日判決判例地方自治382号82頁)。そうだとすれば、破産管財人に訴訟を提起させ、遅延損害金を含めて支払うよりは、訴訟提起前に和解し、若干でも返済額を下げて弁済してしまった方が良いということになります。
 和解は、議会の議決事項です。多くの地方公共団体では定例会は年4回ですので、議会で和解の議決を得るのに時間がかかる場合があります。しかし、多くの地方公共団体では、地方自治法第180条第1項に基づき少額な和解については長による専決処分の委任をしていると思いますので、例えば50万円未満までであれば、専決処分ができる議決があれば、その金額まで減額してもらう交渉をすることが、地方公共団体にとっても、破産管財人にとっても利益があると考えます。本件では、理屈上は3万8999円を減額してもらえば、長による専決処分が可能となりますので、和解手続も早期に終了いたします。
 ただ、返還金額が、専決処分が可能な金額を大きく超えている場合もあるでしょうし、そもそも専決処分の委任の議決を行っていない地方公共団体もあります。そのような場合であれば、判決により支払うという選択肢もあり得ます。
(参照条文)破産法第162第条1項第1号次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。

一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区
分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。

イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。
ロ 当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合破産手続開始の申立てがあったこと。