2017年 秋

民法の事務管理規定は行政体の活動にも適用し得るか

Question

 甲市では、複数の市民から土地を無償で借り、スポーツ公園を設置していましたが、借りていた土地の一部を所有者に返還することとなり、土地の境界確定をする必要が生じました。しかし、土地の境界が元々不明確な地域で、使用貸借契約書も土地登記簿上の地番、地積等を利用していたため、土地の返還に当たり、土地の境界を明らかにする必要が生じました。ところが、土地の返還を受ける者を含め、土地所有者らは、土地境界には興味がなく、市が勝手に土地境界を定めることには反対しないが、境界確定の費用の負担は拒絶しています。
 そこで、甲市では、法務局が行う筆界特定制度を利用して、土地の境界を確定しようと考えています。土地所有者らもこの制度を使うこと自体には反対はしていませんが、この制度を使うことは、土地所有者の利益のためであり、そのための費用として、公費を使うわけにはいかないとの意見が出されています。本来土地所有者のためにすることであるので、民法の事務管理の規定を適用し、要した費用を住民に請求できないかどうかを検討しています。

Answer

(結論)
 筆界特定の制度を利用するのに要する申請料は、本来は土地所有者が負担すべきものです。しかし、市がこれを代行することになると、民法の事務管理規定そのものではありませんが、同様の法律関係の問題が発生しますので、事務管理規定を準用ないし類推適用することになります。それにより、民法第702条を準用又は類推適用することにより、費用の償還請求をすることが可能となります。

(理由)
 行政作用にも、事務管理として、準用ないし類推適用があるとする考え方は、古くから支持されています。
 民法第697条第1項は「義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。」と規定していますが、行政体の活動分野においても、義務なくして他人のために事務の管理を始めることがあると考えられていたからです。すなわち、このような考え方が支持されてきたのは、行政作用は、法律による行政の原理に従い行わなければならないという考え方をその根拠として、行政として、作用すべきであるとしていたのですが、住民に対して当該行為に根拠を与える規定がないということがあり得たのです。
これを、御質問に当てはめてみましょう。
 土地を処分する際には、土地の境界を明らかにし、土地所有権を受けるものに所有権を移転しなければなりませんというのが現在の不動産取引での大半です。御質問では、土地を使用貸借する際に、土地境界が不明確であり、登記簿の地番・地積を使って借りているので、その土地の一部を返還するには、その土地がどこの部分かを示す必要があります。元々、土地の境界が不明確な土地だったので、そこで借りている土地全体の境界を明確にするのが好ましいと考えたのでしょう。土地境界を明確にして、利益を受けるのは土地所有者ですので、境界の確定に要する費用は土地所有者が負担すべきものです。これを、土地を無償使用しているからといって、甲市が負担するのは理由がありません。また、甲市は、単なる使用借人ですから、筆界特定制度を利用するにしても、申請権もありません。
 この意味で、完全に他人のための事務の管理をせざるを得ない状況です。
 土地所有者には、筆界特定制度を申請してもらう必要がありますが、申請書に署名することぐらいの協力は得られるようですので、問題は申請料の負担となります。これを、事務管理に準じるものとして整理することにより、費用の償還請求が可能となります。
 ただし、最近、事務管理を行政作用に適用することに対して、批判的な考え方が現れています。
もちろん、民法の規定がそのまま行政作用に適用になるとは考えるべきではありません。民法の規定は、私人間という権利義務のない社会で、相手方の依頼を受けることもなしに、相手方のために一定の行為を自発的に行うことを認め、その事務執行に要する費用の償還請求もできるとしたものです。これに対し、行政は、住民に対して「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」(地方自治法第2条第1項)という一般的な責務ないし義務を負っているのです。その意味で、民法の規定をストレートに適用するのではなく、行政法上の根拠法規として、民法規定を準用ないし類推適用すべきと考えているのです。
 すなわち、行政体が住民に対し、その責務ないし義務を履行すべき場合が、全て、法律又は条例で定まっているわけではないのです。この意味で、現在の法律又は条例は、かなりの部分について、行動を起こすべき場合についての規範を置いています。このような根拠規範がある部分については、原則として、行政の事務管理を認める必要はありません。
 御質問の場合は、スポーツ公園の設置のために、市民の土地を無償で借りるという行為ですから、行政作用の準備行為として行われた行為で、その一部を返すという行為は、行政目的を一部廃止し、返還するという行政作用に付属する行為です。その意味では、完全に、私法上の行為と割り切るわけにはいかないのですが、そのような行為をすることに対する根拠法規がないのです。
 もちろん、土地所有者たる住民から甲市に対する委託契約という形をとれば、行政上の事務管理などという行為は不要ですが、それでは、費用負担を住民が認める結果となりますので、御質問の場合には当てはまらないでしょう。
また一般論に戻りますが、行政としての根拠法規があるにしろ、それが使いづらい場合であって、行政法上の事務管理として取り扱った方が楽な場合もあり得ます。行政代執行法の前提条件として行う調査の場合などです。行政代執行の一過程として行政代執行法に取り込むことも可能かもしれませんが、明文上、代執行に含まれないのですから、争われる可能性もあります。このように、行政作用として位置付けられるとともに、私法上の行為として位置付けることもできる場合には、行政上の事務管理として扱ってもよいのではないかと思います。
このように、行政法上の事務管理として整理することができるのであれば、費用償還も、民法第702条に準じるか類推適用することにより、可能となります。