落書きを禁止する条例
(令和7年1月26日作成)
【落書きを禁止する条例】
〇 公共の場所などでの落書きを禁止する条例がある。公共の場所などでの落書きを条例で禁止する方法としては、単独条例を制定して規定するもの(単独条例)と「環境美化条例」、「環境保全条例」、「まちをきれいにする条例」、「ポイ捨てを禁止する条例」等において規定するもの(非単独条例)とに分かれる。
〇 このうち、単独条例として、令和6年11月1日時点で確認できるものは、以下のようなものがある。
奈良県 | 平成13年7月1日公布 | 平成13年7月1日施行 平成16年10月1日改正施行 |
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仙台市 | 平成14年10月7日公布 | 平成15年4月1日施行 |
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千葉市 | 平成16年3月18日公布 | 平成16年6月1日施行 |
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鳥取県湯梨浜町 | 平成16年10月1日公布 | 平成16年10月1日施行 |
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神奈川県鎌倉市 | 平成16年12月21日公布 | 平成17年4月1日施行 |
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鳥取県倉吉市 | 平成17年9月20日公布 | 平成17年11月1日施行 |
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茨城県日立市 | 平成19年3月28日公布 | 平成19年7月1日施行< |
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北九州市 | 平成20年3月25日公布 | 平成21年4月1日施行 罰則は平成20年3月25日施行 |
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静岡県熱海市 | 平成20年7月2日公布 | 平成20年12月1日施行 |
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愛知県一宮市 | 平成20年9月29日公布 | 平成21年3月28日施行 |
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横浜市 | 平成26年6月5日公布 | 平成27年4月1日施行 |
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相模原市 | 平成27年3月23日公布 | 平成27年10月1日施行 |
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東京都豊島区 | 令和2年7月16日公布 | 令和2年7月16日施行 |
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大阪府忠岡町 | 令和5年10月13日公布 | 令和6年4月1日施行 |
〇 また、非単独条例として、令和6年11月1日時点で確認できるものは、約200条例程度(特定の公共施設における落書きを禁止する条例は、除く。)ある。このうちのいくつかを紹介する。
広島県呉市 | 平成7年3月14日公布 | 平成7年10月1日施行 |
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東京都練馬区 | 平成9年3月17日公布 | 平成9年7月1日施行 |
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東京都渋谷区 | 平成9年12月2日公布 | 平成10年4月1日施行 罰則は平成10年10月1日施行 |
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岡山県 | 平成13年12月21日公布 | 平成14年4月1日施行 |
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浜松市 | 平成15年3月25日公布 | 平成15年7月1日施行 |
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京都府木津川市 | 平成19年3月12日公布 | 平成19年3月12日施行 |
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山口県宇部市 | 平成24年6月26日公布 | 平成24年10月1日施行 |
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大阪府富田林市 | 平成24年9月18日公布 | 平成25年1月1日施行 |
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神奈川県座間市 | 平成30年3月26日公布 | 平成31年4月1日施行 |
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東京都足立区 | 令和元年7月4日改正施行 |
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岩手県九戸村 | 九戸村環境美化推進条例 | 令和4年7月1日公布 | 令和4年8月1日施行 |
福岡県香春町 | 香春町みんなで美しいまちをつくる条例 | 令和5年9月28日公布 | 令和5年10月1日施行 |
などである。
〇 以上のような公共の場などでの落書きを禁止する条例がいつごろから制定され始めたかは定かではないが、武田尚子「落書き問題と地域社会の対応」(ソシオロジスト(武蔵大学社会学部)5号 2003年)は、平成13年公布の奈良県条例や岡山県条例を紹介する中で、市や特別区レベルではそれまでにも落書きを禁止する条例があったとして、平成7年公布の呉市条例並びに平成9年公布の練馬区条例及び渋谷区条例を例示として挙げている(49頁、65頁注1)。
呉市条例は、「落書き」を「道路,公園,広場その他規則で定める公共の用に供する施設をペイント,墨,油性フェルトペン等により汚損すること」(2条4号)と定義づけたうえで、「何人も,重点区域において,落書きを行ってはならない。」(8条2項)としている。違反した者に対して、市長は「その汚れを消去するべきことを命ずることができる。」(11条2項)とし、この命令に違反した者に1万円の罰金を科している(17条)。
練馬区条例は、「落書行為」を「道路、公園、学校その他の公共の場所(以下「公共の場所」という。)および他人が所有し、または管理する塀、建物その他の工作物に、みだりに文字、図形等を描く行為であって、地域の美観を損ねるもの」(2条4号)と定義づけ、「何人も、ポイ捨ておよび落書行為を行ってはならない。」(3条)としている。違反した者に対して、区長は勧告、公表をすることができる(10条、11条)としているが、罰則規定は置いていない。
渋谷区条例は、「落書き」を「みだりに公共の場所等に塗料、墨等により文字、図形若しくは模様を描くこと又は描かれた文字、図形若しくは模様」(2条11号)と定義づけ、「何人も、落書きをしてはならない。」(11条3項)とし、違反した者に対して2万円以下の罰金を科する(22条1項)としている。なお、落書きをされた建物の所有者等に対して「落書きが放置されているため地域の美観を著しく損なう状態にあるときは、落書きを消去し、原状の回復を図るとともに、良好な状況の維持に努めなければならない。」(14条)との努力義務を置いている。
罰則は、呉市条例は罰金を間接罰方式(落書きがあった場合に、市町村長が落書きの消去等の勧告、命令等を行い、命令違反行為等に対して罰則を科すもの。以下、同じ。)で科し、練馬区条例は罰則を科さず(勧告、公表の規定はあり)、渋谷区条例は罰金を直罰方式(落書きに対して直ちに罰則を科すもの。以下、同じ。)で科している。
〇 単独条例としては、平成13年公布の奈良県条例が一番早く制定され、その後に、平成14年公布の仙台市条例等が続いている。
単独条例は、奈良県条例を除き、条例名はすべて「落書き(落書き行為)の防止に関する条例」となっている。また、奈良市条例も含め、落書き禁止の規定を置くだけでなく、落書き防止についての自治体の責務や住民・事業者の責務等を規定している。建物所有者等についても、落書き防止に関する責務を規定するものが少なくない。
奈良県条例は、平成13年に制定当時は、落書き行為防止に関する県と県民等の責務のみを規定していたが、「依然として落書きは後を絶たず、被害は目に余る状況」になっていたため、平成16年に改正して「落書き行為の禁止と罰則規定を盛り込」み、「消去活動や落書き防止キャンペーンなどの啓発活動とあわせて、落書き防止・抑止力の向上」をねらったとしている(奈良県HP「落書き条例の一部を改正する条例(H16.10.1施行)」)。
令和2年7月に単独条例を制定した豊島区は、条例制定の背景について、「令和元年12月、豊島区は、リニューアルオープンした池袋西口公園に9か所の落書き被害を受けました。落書きを放置しておくと、街の至るところで新たな落書きが発生し、治安の悪化につながり、安全・安心な街ではなくなる危険性があります。大きな犯罪の発生等を防ぐためにも、落書き行為を未然に防止することが求められます。そして、多くの人が訪れる豊島区がさわやかで魅力ある街づくりを推進することは、区のイメージ向上になり、多くの文化事業の成功にも繋がると考えられます。こうした経緯を踏まえ、街の安全・安心を確保し、区の魅力をアピールしていく観点から、本条例の制定に至りました。」(豊島区HP「豊島区落書き行為の防止に関する条例」)と解説している。
14の単独条例のうち、罰則規定を置くものは10条例で、罰則規定を置かないものは4条例である。罰則規定を置く10条例のうち、熱海市が過料(5万円以下の過料)を科しているほかは、9条例は罰金を科している(奈良県・豊島区(10万円以下の罰金)、千葉市・鎌倉市・日立市・横浜市・相模原市・忠岡町(5万円以下の罰金)、北九州市(1万円以下の罰金))。また、熱海市、横浜市及び忠岡町は間接罰方式で罰則を科しているが、他の7条例は直罰方式で罰則(罰金)を科している。罰則規定のない4条例(仙台市、湯梨浜町、倉吉市、一宮市)はともに、違反した者に対して、市町長は消去等の勧告や命令をし、命令等に従わなかった場合その旨を公表することができるとしている。
〇 落書きがあった場合に、落書きをした者が、その落書きを消去し、原状に回復させなければならない。しかし、深夜等で人目のない時に行われることが多く、落書きをした者を特定することは容易ではない。そのうえ、落書きが消去されずに放置されることになれば、新たな落書きを誘発することにもなりうる。そのため、落書きをした者が特定できない場合は、関係者の手で、できる限り速やかに落書きを消去することが必要となってくる。
そこで、条例では、被害を受けた公共の場所等の管理者や建物等の所有者等に対して、落書きの消去の努力義務等を課すものも少なくない。公共施設等に落書きがあった場合に市町村長が消去する旨規定しているものとして、湯梨浜町(努力義務)、倉吉市(義務)並びに一宮市、横浜市及び忠岡町(できる規定)の条例があり、落書きをされた公共の場所の管理者が消去する旨規定するものとして、仙台市、千葉市、岡山県及び浜松市(努力義務)並びに座間市(市長が消去を要請)の条例があり、落書きをされた建物の所有者等が消去する旨規定するものとして、鎌倉市及び座間市(市長が消去を要請)並びに相模原市、渋谷区、浜松市及び豊島区(努力義務)の条例がある。なお、湯梨浜町、倉吉市、一宮市、横浜市及び忠岡町の条例は、市町村長が落書きを消去した後、当該落書き行為をした者が判明したときは、その者に対し、消去等の費用を請求するものとしている。
〇 落書きを防止するためには、地域ぐるみで落書きを消去する取り組みが重要であるとして、積極的に取り組んでいる自治体がある。
岡山県は、「岡山県から全国に広がった、落書き消しの輪」として、「2002年岡山市は、一時、日本最大の落書き被害県としてテレビ報道されるなど、その被害は深刻でした。岡山県は落書き禁止を含む『岡山県快適な環境の確保に関する条例』を制定し、県民に落書き防止と消去を呼びかけ、それに呼応する形で『落書き調査隊』などの市民ボランティアも発足するなど、落書きを許さない機運が急速に高まり、県民運動になりました」(岡山県資料「落書き対策の手引き」)としている。
また、例えば、熱海市は、地域ぐるみの落書き消去活動等を展開するため、「落書き防止マニュアル」を作成している。同マニュアルでは、落書き消しのポイントとして、「早く消そう! 何度でも消そう! できるところから消そう! とにかく消そう! 逆に落書き場所を利用しよう!」(7、8頁)としている。
豊島区は、区内の一定のエリアに描かれた落書きを一斉に消去するため、平成17年5月から、地域のボランティア、町会や商店会、警察署との連携により、地域落書き消去活動を実施する(豊島区HP「地域落書き消去活動」)とともに、自宅や事業所の塀や壁などに描かれた落書きを住民や事業所自らが消去できるよう、落書き消去剤等の貸与をしている(豊島区HP「落書き消去支援事業(落書き消去剤等の貸与)」)。
【罰則規定について】
〇 落書きは、行為の対応によっては、刑法260条の「建造物等損壊罪」、刑法261条の「器物損壊罪」、軽犯罪法1条33号等に該当する場合がある。
刑法260条(建造物等損壊罪) | 他人の建造物又は艦船を損壊した者は、五年以下の懲役に処する。よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。 |
刑法261条(器物損壊罪) | 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。 |
軽犯罪法1条33号 | 「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者」は、これを拘留又は科料に処する。 |
〇 こうした法令がある中で、落書きを禁止する条例において罰則規定を置く理由として、豊島区は、「現在の法律に、落書き行為そのものを禁止する規定はなく、落書き行為に対する抑止力は不十分であると考えられる。また、落書き行為に対して、区、区民等、事業者及び建物所有者等の責務が定まっておらず、落書き行為の防止対策が整っていないとの意見もあった。落書き行為は、多くの人に対して不快感、苛立ち及び不安感等を与え、街の美観を損なうことになる。加えて、犯罪の発生にも繋がるともいわれており、落書き行為を未然に防止することは、課題であった。こうした中、罰金刑を規定し、本条例を制定することは、様々な落書き行為の防止施策の根拠となると考えられる。」(豊島区資料「豊島区落書き行為の防止に関する条例逐条解説」2頁)としている。
法令とは別に、罰金を科すことについては、「器物損壊等罪は親告罪であるため、被害者等の告訴がなければ、違反者を罰することができない。加えて、軽犯罪法違反に対する制裁は、拘留又は科料のみであり、落書き行為の抑止には働きにくいと考えられる。そこで、条例で罰金刑を設け、非親告罪とすれば、何人も告発することができ、違反者への 制裁の可能性が高まり、落書き行為の抑止にも繋がると考えられる。加えて、より条例の実効性を確保するためには、行政刑罰(罰金)を設ける必要があると考えた。」(前記豊島区資料10頁)としている。また、本条例は、「個人の財産権の保護を図ったもの」ではなく、「『地域の美観の維持』という目的達成のための条例」であるとし、「刑法第261条の器物損壊罪と趣旨を異なるものとした。」(前記豊島区資料3、4頁)としている。
なお、豊島区は、罰金を10万円以下とすることについて、「器物損壊罪の罰金は30万円以下であり、軽犯罪法違反者への制裁が1万円未満の科料である。刑法との関係性に鑑みて、条例で制定する罰金は10万円以下とした。しかし、落書き行為を行った者への違反者への罰金は、多くの自治体が5万円以下としており、他自治体と比較して金額が高くなっている。これは、10万円という高額な罰金を定めることにより、落書き行為を未然に防止し、条例の効力をより確実にする狙いがある。豊島区として、魅力ある街づくりを行うためには、落書き行為を未然に防ぎたいという思いが強くある。こうしたことにより、罰金の金額を10万円以下に設定した。」(前記豊島区資料10頁)としている。
〇 上記のとおり、単独条例では、罰則規定を置いている条例の多くは、直罰方式で罰金を科している。
なお、非単独条例で、上記に例示した10条例では、罰則規定を置くものは5条例で、罰則規定を置かないものは5条例(練馬区、浜松市、宇部市、富田林市、足立区)である。罰則規定を置く5条例は、すべてが罰金であり、うち、直罰方式が3条例(木津川市(10万円以下の罰金)、岡山県(5万円以下の罰金)、渋谷区(2万円以下の罰金))、間接罰方式が2条例(座間市(5万円以下の罰金)、呉市(1万円以下の罰金))となっている。
〇 直罰方式とする理由について、相模原市は、「間接罰を採用した場合、落書き行為における勧告、命令の内容は『落書き消去、原状回復』となることが想定されますが、行為者による消去が完了するまでの間において、落書きが放置されることにより、新たな落書き行為を誘発するおそれがあります。」等をあげている(相模原市資料「相模原市落書き行為の防止に関する条例の解説」9頁)。