生物多様性に関する条例
(令和7年5月10日更新)
【生物多様性に関する法制度】
〇 生物多様性に関する法律として「生物多様性基本法」がある。生物多様性の保全等に関しては、自然公園法、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法)、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)、自然再生推進法のほか、森林法、都市公園法、河川法、環境影響評価法などの法律が関わってくるが、生物多様性基本法は、これらの個別法を束ねる基本法としての性格を有する。
我が国は平成5年5月28日に「生物の多様性に関する条約」を締結をしたが、同条約の締結に際しては、既存の個別法を適切に運用することにより条約の実施は担保されるとして、新たな法律は整備されていない。平成20年5月のボン(ドイツ)でのCOP9(第9回条約締約国会議)において、平成22年のCOP10の名古屋市開催が決定し、国内外で生物多様性に関する関心が高まったことなどを背景として、生物多様性基本法は、議員立法により、平成20年6月に制定された(平成20年6月6日公布・施行)。
〇 生物多様性基本法は、「生物の多様性」を「様々な生態系が存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在すること」と定義づけた(2条1項)うえで、「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって豊かな生物の多様性を保全し、その恵沢を将来にわたって享受できる自然と共生する社会の実現を図」ること(1条)を目的としている。
生物多様性の保全と持続可能な利用について、基本原則(3条)、国、地方公共団体、事業者及び国民・民間団体の責務(4条~7条)を定めるとともに、国に生物多様性国家戦略の策定を義務づけ(11条)、地方公共団体には生物多様性地域戦略の策定の努力義務を課す(13条)ほか、地域の生物多様性の保全、野生生物の種の多様性の保全等、外来生物等による被害の防止等13項目の基本的施策を規定している(14条~26条)。地方公共団体は「国の施策に準じた施策及びその他のその地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策を、これらの総合的かつ計画的な推進を図りつつ実施するものとする。」(27条)とされている。
同法の内容等については、環境省HP「生物多様性基本法」を参照されたい。
〇 同法11条に基づき「生物多様性国家戦略2023-2030」が令和5年3月31日に策定(閣議決定)されている(環境省HP「生物多様性国家戦略」参照)。
同法13条に基づき、生物多様性地域戦略は、令和7年1月末現在、47都道府県及び178市区町村で策定されている(環境省HP「生物多様性地域戦略の策定」参照)。
生物多様性に関する政府の取組み等については環境省HP「生物多様性」を、また、地方公共団体の取組み等については環境省HP「生物多様性・地方公共団体」を参照されたい。なお、自治体法務研究2010年冬号は「生物多様性保全と自治体」を特集している。
【生物多様性に関する条例】
〇 自治体が制定している条例では、生物多様性について、環境基本条例、自然環境の保全や保護に関する条例等で何らかの規定を置くものは少なくない。また、希少野生生物の保護に関する条例や外来種対策に関する条例は広い意味で生物多様性に関する条例であると言える。
しかし、生物多様性の保全等を主たる目的とし、その基本原則や自治体の責務、基本的施策等を規定する条例、また、生物多様性の保全等に関する自治体の基本的な計画、方針、戦略等の策定を当該自治体に義務づける条例は、意外なまでに少ない。本稿ではこうした条例を「生物多様性に関する条例」とする。
なお、希少野生生物の保護に関する条例や外来種対策に関する条例については、それぞれ「希少野生生物の保護に関する条例」や「外来種対策に関する条例」を参照されたい。
〇 生物多様性に関する主な条例としては、以下のようなものがある。
長崎県 | 平成20年3月25日公布 | 平成20年4月1日施行 |
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広島県北広島町 | 平成22年3月26日公布 | 平成22年9月26日施行 |
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岡山市 | 平成22年4月1日公布 | 平成22年4月1日施行 |
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北海道 | 平成25年3月29日公布 | 平成25年4月1日施行 |
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東京都あきる野市 | 平成29年9月27日公布 | 平成30年1月1日施行 |
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神戸市 | 平成29年10月10日公布 | 平成29年10月10日施行 |
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石川県珠洲市 | 平成31年3月22日公布 | 平成31年3月22日施行 |
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相模原市 | 令和元年10月1日公布 | 令和2年4月1日施行 |
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長野県飯島町 | 令和7年3月12日公布 | 令和7年6月1日施行 |
〇 長崎県条例は、環境の保全に関する条例であるが、4章「自然環境の保全」において、生物多様性保全戦略の策定(43条)を定めている。同条例の施行日は平成20年4月1日であり、生物多様性基本法(平成20年6月6日施行)より先行して施行されている。
長崎県は、同条例43条及び生物多様性基本法13条に基づき、平成26年12月に「長崎県生物多様性保全戦略」を策定し、さらに令和3年3月には「長崎県生物多様性保全戦略2021―2025」を策定している(長崎県HP「長崎県生物多様性保全戦略」参照)。なお、同条例は、4章では、自然環境保全地域等(44条~49条)、希少野生動植物種の保護(50条~54条)、自然環境保全協定等(55条~68条)についても規定している。
〇 北広島町条例は、平成22年に「本町の生物多様性を町民共有の財産として次代に承継し、もって自然と共生する町民の健康で快適な生活を将来にわたって確保すること」(1条)を目的として、制定されている。生物多様性の保全等について、町、事業者及び町民の責務(4条~6条)を定めるとともに、生物多様性審議会の設置(7条)及び「生物多様性きたひろ戦略」の策定(8条)について規定している。あわせて、野生生物の種の取扱いに関する規制等(10条~20条)、生態系の保全等に関する規制(21条~29条)、外来種対策(30条~33条)、維持・回復事業(34条~38条)等について規定を置いている。
同条例は、当初「希少野生生物の保全」を主眼として検討されたが、審議会での議論の中で「生物多様性がもたらす生態系サービスを重要視する必要がある」との認識が持たれ、最終的に「生物多様性の保全に関する条例」として制定された(自治体法務研究2010年冬号条例制定の事例CASESTUDY「北広島町生物多様性の保全に関する条例」34頁)とされる。
〇 岡山市条例は、平成22年に制定された。前文で「自らの責任において地域に残されている豊かな生態系を守り育てていくこと、社会経済活動において、広域的な視点に立った生物多様性への配慮や貢献に取り組むことにより、互いに連携して環境先進都市を作り上げていくことを目指し、この条例を制定する。」としている。生物多様性の保全について、基本理念(3条)、市民、事業者及び市の責務(4条~6条)を定めている。このほか身近な生きものの里の認定(7条)に関する規定も置いているが、生物多様性の保全に関する理念条例であるといえる。
なお、「岡山市環境保全条例」(平成16年4月1日改正施行)は、3章2節の見出しを「生物多様性の保全」とし、生物多様性保全基本方針の策定(29条の3)、貴重野生生物種の指定、捕獲の禁止等(29条の5~29条の8)、移入種の放出等の禁止(29条の9)、自然環境保全地区の指定、行為の制限等(29条の10~29条の19)等の規定を置いている。岡山市は岡山市環境保全条例29条の3に基づく「生物多様性保全基本方針」とは別に、生物多様性基本法13条に基づく「岡山市生物多様性地域戦略」を策定している。
〇 北海道条例は、平成25年に「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって人と自然とが共生する豊かな環境の実現を図」る(1条)を目的として、制定されている。同条例の制定と同時に、平成13年に制定された北海道希少野生動植物の保護に関する条例が廃止されている。
生物多様性の保全と持続可能な利用について、基本原則(3条)、道、事業者及び道民等の責務(4条~6条)を定めるとともに、知事は生物多様性基本法13条に規定する生物多様性地域戦略として生物多様性保全計画を策定しなければならない(9条1項)と規定している。あわせて、生物多様性維持回復事業(15条~20条)、鳥獣の保護管理(21条~30条)、外来種による影響の防止(31条~40条)、希少野生動植物種の保護(41条~72条)等の規定を置いている。同条例については自治体法務研究2013年冬号CLOSEUP先進・ユニーク条例「北海道生物の多様性の保全等に関する条例」、北海道生物多様性保全計画や北海道の生物多様性に関する取組み等については北海道HP「生物多様性の保全等」を参照されたい。
〇 あきる野市条例は、平成29年に「生物多様性の保全に関し必要な事項を定めることにより、市内に生息し、又は生育する希少な生物を保護し、これを将来の世代に継承していくこと」(1条)を目的として、制定された。生物多様性の保全と希少種の保護に関する市、市民等及び事業者の責務(3条~5条)も定めているが、条例の主たる内容は、希少生物の指定、捕獲等の禁止、保護区域の指定・行為制限、外来種等の放逐の禁止等となっている。
平成26年9月に策定された「生物多様性あきる野戦略」において「(仮称)生物多様性保全条例」の制定が盛り込まれたことを受けて、制定されている(あきる野市HP「生物多様性あきる野戦略」参照)。同条例の内容等については、あきる野市HP「あきる野市生物多様性保全条例の制定について」を参照されたい。
〇 神戸市条例は、平成29年に制定された。前文で「生物多様性を保全し、その恵沢を将来にわたって享受できる自然と共生する社会の実現を図り、もって現在及び将来の市民の健全で快適な環境を確保するため、この条例を制定する。」としている。
生物多様性の保全及び持続可能な利用について、基本理念(2条)、市,市民及び事業者の責務(3条~5条)を定めるとともに、希少野生動植物種の保全(6条~10条)、指定外来種による生態系等に係る被害の防止等(11条~18条)、市民等との協働による生物多様性保全等活動の推進(19条~23条)等を規定している。神戸市の生物多様性に関する取組み等については、神戸市HP「生物多様性」を参照されたい。
〇 珠洲市条例は、平成31年に制定されたが、「生物文化多様性」という概念を用い、条例名を「生物文化多様性基本条例」としている。「生物文化多様性」を「里山里海をはじめとする豊かな生態系に多様な生物が生息している『生物多様性』と、それぞれの生態系に支えられ地域に根ざした多様な生業や文化が営まれている『文化多様性』が、相互に関わり合いながら共存していること」(2条1項)と定義づけたうえで、「本市における生物文化多様性の保全と持続可能な利用について、各主体の責務を定めるとともに、多様な主体の連携による取組を実践するために必要な事項を定め、もって自然と共生する持続可能なまちづくりを進めること」(1条)を目的としている。
生物文化多様性の保全及び持続可能な利用について、市、市民及び事業者の責務(3条~5条)、計画の策定(6条)を定めるほか、生態系の保全、希少野生生物への配慮、外来生物への対策、生息地等保全協定の締結等について規定している。珠洲市の生物多様性に関する取組み等については珠洲市HP「珠洲市の生物多様性に関する取組」を参照されたい。
〇 相模原市条例は、相模原市緑化条例(昭和47年制定)、相模原市ホタル舞う水辺環境の保全等の促進に関する条例(平成21年制定)及び相模原市里地里山の保全等の促進に関する条例(平成23年制定)を廃止したうえで、令和元年に制定された。
廃止された条例の内容等を踏まえ、緑地の保全等(11条~16条)、ホタル舞う水辺環境、里地里山等の保全(17条~26条)等の規定を置くほか、基本理念(3条)、市及、市民等及び土地所有者等の責務(4条~6条)を定め、また、生物多様性地域戦略の策定(8条)、諸制度の活用(9条)、生物多様性の保全利用(10条)等について規定している。同条例に基づき、都市緑地法4条に規定する「緑の基本計画」と生物多様性基本法13条に規定する「生物多様性地域戦略」を兼ね備えた計画として、「第2次相模原市水とみどりの基本計画・生物多様性戦略」が策定されている。相模原市の生物多様性に関する取組み等については、相模原市HP「生物多様性ポータルサイト」を参照されたい。
〇 飯島町条例は、令和7年に制定された。「この条例は、日本の生物多様性のホットスポットと呼ばれる長野県において、その豊かな生物多様性を守っていくための市町村の条例としては県内初となります(2025年3月現在)。全国的にも珍しいこうした条例ですが、地球規模での生物多様性の劣化傾向を2030年までに回復傾向へと反転させるための世界目標「ネイチャーポジティブ」の達成や、日本が掲げる2025年ビジョン「自然と共生する社会」の実現を目指していくために必要です。」(飯島町HP「飯島町生物多様性保全条例制定について」)としている。
基本理念(2条)、町、町民等及び事業者の責務(3条~5条)等のほか、生物多様性アドバイザー会議の設置(7条)、「生物多様性いいじま戦略」の策定(8条)、生物多様性サポーターの認定等(9条~12条)、特定区域の指定等(13条~19条)、希少種と指定外来種の指定等(20条~26条)について規定している。同条例の内容等については、飯島町HP「飯島町生物多様性保全条例制定について」を参照されたい。