鳥獣被害防止対策に関する条例

(令和6年12月9日更新)

【鳥獣被害防止対策に関する条例】

(はじめに)

〇近年、気候変動や環境変化により、イノシシ、シカ等の生息域が拡大するとともに生息数も増加するほか、クマの市街地への出没も増え、これら野生鳥獣による農作物被害や地域住民の身体に対する危害は全国的に深刻な問題になっている。これまでも一部の自治体では、鳥獣被害防止対策について定める条例を制定してきたが、最近では、令和6年7月に山形県が議員提案により新たな条例を制定している。本稿では、こうした鳥獣被害防止対策について定める条例を概観する。

 

(鳥獣被害防止対策を目的とする条例)

〇 まず、鳥獣被害防止を目的とする条例として、以下の条例が確認できる。

茨城県

茨城県イノシシ等野生鳥獣による被害の防止対策に関する条例

平成30年3月28日公布

平成30年3月28日施行

群馬県

群馬県鳥獣被害対策の推進に関する条例

平成31年3月22日公布

平成31年4月1日施行

山形県

山形県鳥獣被害防止対策の推進に関する条例

令和6年7月9日公布

令和6年7月9日施行

である。

〇 いずれも都道府県の条例であり、議員提案により制定されている。

 茨城県条例はイノシシ、ハクビシン等を「指定野生鳥獣」、群馬県条例はニホンジカ、イノシシ、ニホンザル、カワウ等を「特定野生鳥獣」、山形県条例はカワウ、ハシボソガラス、ハシブトガラス、ムクドリ、アオサギ、 ツキノワグマ、ニホンジカ、イノシシ、タヌキ、ハクビシン、ニホンザル等を「特定野生鳥獣」としたうえで、各条例ともに、これらの鳥獣による被害防止対策について、県の責務や県民等の役割を明らかにし、県の基本的施策を定めている。群馬県条例及び山形県条例は、基本理念も定めている。

 例えば群馬県条例は、基本理念を、①鳥獣被害対策は、本県の多様な自然及び生態系、農林水産業並びに地域の暮らしを特定野生鳥獣の被害から守ることにより、県民の良好な生活環境を将来にわたって確保することが地域社会の活力の向上に重要であることに鑑み、県、市町村、県民及び関係団体の協働により、総合的かつ計画的に行う、②鳥獣被害対策は、特定野生鳥獣の生息状況、農林水産業に係る被害の発生状況その他の状況を把握し、基本方針を定めるとともに、地域の特性に応じた持続的かつ実効性のある方法により推進する、③鳥獣被害対策は、生物の多様性に及ぼす影響に十分配慮して行う、などとし(3条)、特定野生鳥獣の適正管理の推進のための施策として、①捕獲等に従事する者の確保及び育成、②捕獲等に係る専門的な知識及び技術の向上並びに事故防止のための対策の推進、③生息状況等の科学的知見に基づいた適正管理の推進を規定し(7条)、被害防止対策の推進のための施策として、①特定野生鳥獣の生息状況、農林水産業に係る被害の発生状況等の地域の特性に応じて地域住民が一体となって取り組むことができる被害防止対策、②人材の育成を規定している(8条)。

〇 茨城県、群馬県、山形県の鳥獣被害対策の取組み状況等については、それぞれ茨城県HP「鳥獣保護管理」「野生鳥獣による農作物被害対策に関するお知らせ」、群馬県HP「鳥獣被害対策支援センター」、山形県HP「野生生物」「鳥獣保護」を参照されたい。

 

(鳥獣被害防止対策について定める条例)

〇 次に、野生動植物との共生、生物多様性の保全、指定外来種等による被害の防止、野生鳥獣の管理及び有効活用の推進を目的とする条例において、鳥獣被害防止対策について定める条例として、以下のような条例が確認できる。

滋賀県

ふるさと滋賀の野生動植物との共生に関する条例

平成18年3月30日公布

平成18年9月1日施行

北海道

北海道生物の多様性の保全等に関する条例

平成25年3月29日公布

平成25年7月1日施行

長崎県壱岐市

指定外来種等による生態系等に係る被害の防止に関する条例

平成23年12月16日公布

平成24年4月1日施行

新潟県粟島浦村

粟島浦村指定外来種等による生態系等に係る被害の防止に

関する条例

平成26年4月1日公布

平成26年4月1日施行

新潟県

新潟県特定野生鳥獣の管理及び有効活用の推進に関する条例

平成26年12月25日公布

平成26年12月25日施行

新潟県新発田市

新発田市特定野生鳥獣の管理及び有効活用の推進に関する条例

平成28年3月10日公布

平成28年4月1日施行

である。

〇 滋賀県条例は野生動植物との共生、北海道条例は生物多様性の保全等を目的とし、希少野生動植物種の保護、外来種による被害の防止等を定めているが、鳥獣被害防止対策として、滋賀県条例は指定野生鳥獣種の指定、指定野生鳥獣種による被害の防止、飲食物を与えることの禁止、地域協議会及び人材の育成(39条~43条)を規定し、北海道条例は特定の鳥獣の増加による影響の防止(22条)、指定餌付け行為に関する規制(26条~30条)等を規定している。

〇 壱岐市条例及び粟島浦村条例は、指定外来種等による被害の防止を目的とし、指定外来種の指定、飼養等の禁止、防除等を規定しているが、鳥獣被害防止対策として、両条例ともに指定野生鳥獣種の指定、指定野生鳥獣種による被害の防止、飲食物を与えることの禁止(両条例ともに6条~8条)を規定し、それに加えて壱岐市条例は地域協議会(9条)についても規定している。

〇 新潟県条例及び新発田市条例は、いずれも特定野生鳥獣の管理(人為的にその生息数を適正な水準に減少させ、又はその生息地を適正な範囲に縮小すること)及び有効活用(食品、肥料等としてできる限り有効に活用すること)の推進を目的とし、基本理念、県・市の責務、県民・市民等の役割、施策の推進等を規定している。新潟県条例はカワウ、ハシボソガラス、ハシブトガラス、ムクドリ、ニホンザル、タヌキ、ツキノワグマ、ハクビシン、イノシシ、ニホンジカ等を「特定野生鳥獣」とし、新発田市条例はニホンザル、タヌキ、ツキノワグマ、ハクビシン、イノシシ、ニホンジカ、カワウ、カラスを「特定野生鳥獣」としている。

 

(イノシシの被害防止対策を目的とする条例)

〇 イノシシの被害防止対策を目的とする条例として、以下の条例が確認できる。

長崎県対馬市

対馬市イノシシの所持又は持込みの禁止等に関する条例

平成16年3月1日公布

平成16年3月1日施行

長崎県新上五島町

新上五島町イノシシの所持又は持込みの禁止等に関する条例

平成16年8月1日公布

平成16年8月1日施行

神戸市

神戸市いのししからの危害の防止に関する条例

平成26年10月31日公布

平成26年12月1日施行

である。

〇 対馬市条例、新上五島町条例ともに、イノシシによる人の生命、身体及び財産に対する侵害の防止を目的とし、イノシシの持込み、飼養等を市長・町長の許可制とする(両条例ともに3条)とともに、イノシシの飼養施設等の要件、飼養者の管理義務(両条例ともに5条、6条)、放獣の禁止(両条例ともに7条)等を規定し、これらの規定に違反した者に罰則を科している(両条例ともに12条、13条)。

 対馬市条例は、合併(平成16年3月1日)前の旧6町(厳原町・美津島町・豊玉町・峰町・上県町・上対馬町)において、平成13年にそれぞれ同一名所の「イノシシの所持又は持込みの禁止等に関する条例」が制定されていた。対馬は、「今から約300年前に、イノシシによる農業被害に悩む百姓を助けるために、陶山訥庵によって「猪鹿追詰覚書」が実施され、イノシシが絶滅した」が、平成6年に成獣一頭が目撃され、平成10年には被害が全域に及んだ(対馬市HP「対馬のイノシシ・シカの歴史」)とされる。旧6町においては、こうした状況を受けて、統一条例である「イノシシの所持又は持込みの禁止等に関する条例」を制定したものと考えられる。

 新上五島町条例の制定経緯については確認できなかったが、「以前は中通島の有川地区にしか生息していなかったイノシシが、近年、中通島全域、さらには若松島へと生息域を広げています」(「長崎県生物多様性保全戦略2014-2020(平成26年12月)資料編」 資-10)とされており、対馬市と同様な背景があり、制定されたものと考えられる。

〇 神戸市条例は、平成14年に制定された「神戸市いのししの出没及びいのししからの危害の防止に関する条例」が全部改正されたものであるが、いのししが住宅地やその周辺地域に出没して危害を加えることを防止することを目的としている。

 規制区域を指定し(5条)し、規制区域内において餌付け行為を禁止し(6条)、市長は、禁止行為をした者に対して勧告し、勧告に従わない場合は、命令することができる(8条)とし、命令に従わない場合は、公表することができる(9条)としている。条例の内容や取組み等については、神戸市HP「イノシシ被害対策」及び自治体法務研究2015年夏号条例制定の事例「神戸市いのししからの危害の防止に関する条例」を参照されたい。

 なお、神戸市条例は実質的にはいのししに対する餌付け行為禁止条例とも言えるが、いのししに対する餌付け行為を禁止することを目的とする条例としては、兵庫県西宮市の「西宮市いのしし餌やり禁止条例」(平成24年12月28日公布・平成25年4月1日施行)がある。

 

(カラス・ハト、猿等に対する餌やりを禁止する条例)

〇 カラス・ハト、猿等による被害を防止するため、餌やりを禁止する条例が制定されているが、これらの条例については「猫に関する条例と動物への餌やり禁止に関する条例」を参照されたい。

 

(まとめ)

〇 以上の条例は、自治体の自主条例である。このうち、対馬市、新上五島町の条例は離島である自治体の区域へのイノシシ持込み等を規制しているが、それ以外の条例では、茨城県、群馬県、山形県、新潟県、新発田市の条例は基本理念、自治体の責務、基本的施策等を規定する理念条例であり、また、滋賀県、北海道、壱岐市、粟島浦村、神戸市の条例はその主たる規定は指定野生鳥獣やイノシシに対する餌付けの禁止となっている。

 次項で見るように、鳥獣被害防止対策については、都道府県や市町村は鳥獣保護管理法や鳥獣被害防止特措法に基づき計画策定や施策の推進を行っており、離島以外の自治体では、餌付け行為の禁止のほかは、自主条例で独自の規制措置等を定めている団体は確認できない。

〇 自治体の鳥獣被害対策については、自治体法務研究2024年夏号特集「自治体における獣害対策を考える」を参照されたい。

 

【鳥獣被害防止対策に関する法制度とこれに基づく政府・自治体の取組み】

〇 鳥獣被害防止対策として利用できる法制度として、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(平成14年制定、平成26年改正 以下「鳥獣保護管理法」という。)及び「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律」(平成19年制定 以下「鳥獣被害防止特措法」)がある。

〇 このうち、鳥獣保護管理法は、「鳥獣」を「鳥類又は哺ほ乳類に属する野生動物」、「保護」を「生物の多様性の確保、生活環境の保全又は農林水産業の健全な発展を図る観点から、その生息数を適正な水準に増加させ、若しくはその生息地を適正な範囲に拡大させること又はその生息数の水準及びその生息地の範囲を維持すること」、「管理」を「生物の多様性の確保、生活環境の保全又は農林水産業の健全な発展を図る観点から、その生息数を適正な水準に減少させ、又はその生息地を適正な範囲に縮小させること」と定義づけた(2条1項~3項)うえで、都道府県知事は「鳥獣保護管理事業計画」を策定するものとし(4条)、区域内に第一種特定鳥獣(生息数が著しく減少し、又はその生息地の範囲が縮小している鳥獣)又は第二種特定鳥獣(生息数が著しく増加し、又はその生息地の範囲が拡大している鳥獣)があり特に必要と認める場合は、それぞれ「第一種特定鳥獣保護計画」又は「第二種特定鳥獣管理計画」を策定することができる(7条、7条の2)としている。

 生息数の増加や生息域の拡大により鳥獣被害を生じさせる鳥獣(第二種特定鳥獣)に関しては、都道府県で第二種特定鳥獣管理計画が作成され、同計画に基づき、鳥獣の適切な個体群管理の実施、鳥獣の生息地の整備、鳥獣による被害の防除等の措置が取られることになる。令和4年11月時点では、ニホンジカとイノシシは45都道府県で、ニホンザルは28府県で、クマは20道府県で、ニホンカモシカは8県で、カワウは7県で、第二種特定鳥獣管理計画が策定されている(環境省資料「第一種特定鳥獣保護計画及び第二種特定鳥獣管理計画の作成状況」)。

 鳥獣保護管理法の内容、それに基づく政府・自治体の取組み等については、環境省HP「野生鳥獣の保護及び管理」を参照されたい。

〇 一方、鳥獣被害防止特措法では、市町村は、被害防止施策(鳥獣による農林水産業等に係る被害を防止するための施策)を総合的かつ効果的に実施するため、「被害防止計画」を作成することができる(4条1項)と、被害防止計画は都道府県の鳥獣保護管理事業計画や第二種特定鳥獣管理計画と整合性のとれたものでなければならず、計画作成に当たっては都道府県知事との協議が義務づけられている(4条5項、6項)。

 また、市町村は、対象鳥獣の捕獲等、防護柵の設置その他の被害防止計画に基づく被害防止施策を適切に実施するため、鳥獣被害対策実施隊を設けることができる(9条1項)としている。

 令和5年4月時点で、1517市町村が被害防止計画を作成し、1246市町村が鳥獣被害対策実施隊を設置している(農林水産省HP「被害防止計画・鳥獣被害防止対策実施隊」)。

 鳥獣被害防止特措法の内容、それに基づく政府・自治体の取組み等については、農林水産省HP「鳥獣被害対策コーナー」を参照されたい。

〇 鳥獣被害対策実施隊については、その隊員は一般的には非常勤の特別職とされ、報酬が支払われ、公務災害の対象となるが、一部の自治体では鳥獣被害対策実施隊の設置、構成、身分、報酬等を定める条例を制定している。

 例えば、以下のような条例である。

群馬県南牧村

南牧村鳥獣被害対策実施隊設置条例

平成20年9月12日公布

平成20年10月1日施行

富山県南砺市

南砺市鳥獣被害対策実施隊条例

平成28年3月18日公布

平成28年4月1日施行

石川県能登町

能登町鳥獣被害対策実施隊の設置に関する条例

令和5年3月15日公布

令和5年4月1日施行

である。

 こうした鳥獣被害対策実施隊の設置等に関する条例は、全国約150の市町村で制定されている(令和6年12月1日時点)。



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