いじめ被害児童生徒・保護者からの加害児童生徒の個人情報の開示要求について

市立中学校で、3年生の生徒Aが、同じクラスの生徒Bを執拗にいじめ、その結果生徒BがPTSDを発症し、長期間不登校となってしまいました。市は、いじめ防止対策推進法に基づく重大事態として現在調査を行っています。
その後、生徒Aも生徒Bも、高校に進学し、生徒Bは高校には通学できているのですが、生徒Bから、生徒Aに通学路等で会うと、いじめられていたことを思い出し、心身に重大な影響が出る恐れがあるため、生徒Aの進学先の高校名を教えて欲しいとの申出が在籍していた中学校に対してありました。
中学校は、生徒Aの在籍高校名を教えてもよいのでしょうか。
なお、本市の個人情報保護条例は、本人同意のない個人情報の第三者提供は原則として禁止するものの、法令等に基づく場合は可能としています。また、自己情報の開示請求を認めるとともに、対象情報の中に第三者の個人情報が含まれる場合には、原則非開示とした上で、①法令等に基づく場合、②個人の生命・身体又は財産の安全のために必要なときは開示対象となると定めています。

(結論)
生徒Bから自己情報の開示請求がされた場合には、開示対象になり得ると考えられます。

(理由)
1 問題の所在 中学校が、生徒Aの進学先の高校名を生徒Bに教えることは、個人情報の第三者提供に該当するところ、いじめ防止対策推進法(以下「法」という。)第28条第2項は、いじめ重大事案について、児童生徒・保護者への情報提供を定めているため、同条項を根拠として、生徒Aの個人情報を生徒Bに提供することができないかが問題となります。
2 いじめ防止対策推進法第28条第2項に基づく情報提供
(1)法第28条第2項と外部提供における「法令等」
法第28条第2項が個人情報保護条例の「法令等」に該当するかについて判断した最高裁判例はなく、「いじめの防止のための基本的な方針」(平成25年10月11日文部科学大臣決定)にも明確な記載はありません。同項の規定については、「個人情報保護条例との関係では上位規範として、個人情報保護法との関係では法令による例外として、第三者である『いじめを受けた児童等及びその保護者』に対し、当該調査に係る重大事態の事実関係等その他の必要な情報を適切に提供することを認めたもの」との見解もありますが(坂田仰編『いじめ防止対策推進法 全条文と解説』98頁)、他方で、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(平成29年3月文部科学省)では、「学校の設置者及び学校は、各地方公共団体の個人情報保護条例等に従って、被害児童生徒・保護者に情報提供及び説明を適切に行うこと。その際、『各地方公共団体の個人情報保護条例等に照らして不開示とする部分』を除いた部分を適切に整理して行うこと。」とされており(12頁)、かかる記載からすると、文部科学省は、法第28条第2項は、「法令に基づく場合」に当たらないと整理しているとも考えられます。
仮に、「法令に基づく場合」に該当するとしても、通常、個人情報保護条例の当該規定は「法令に基づく場合」に提供を義務付けるものではなく、実際に利用及び提供をすることの適否は、当該法令の趣旨に沿って適切に判断する必要があります。法第28条第2項の趣旨は、いじめを受けた児童等及びその保護者の知る権利(憲法第21条第1項)に応えるものとされていますが(坂田前掲書98頁)、かかる趣旨から、どの情報が知る権利に応えるために「必要な情報」であるかを、個別具体的に検討する必要があることになります。
(2)自己情報の開示請求による場合
そうすると、法第28条第2項の規定はあるものの、それが「法令」に該当するのか必ずしも明らかではない上、当該情報が「必要な情報」に該当するかの検討が難しく、かつ、第三者提供の場合、なぜ開示に至ったかが処分という形では残らないため、実務上は困難を生じることになります。
そこで、第三者提供ではなく、被害児童生徒及びその保護者から、個人情報保護条例に基づき、当該児童等を本人とする自己情報の開示請求を受けることが考えられます。この場合には、個人情報保護条例で非開示とされる情報を除き、本人の個人情報を開示することとなります。
一般的に、自己情報の開示請求の場合でも、プライバシー保護等の観点から、第三者の個人情報は非開示とされる一方、人の生命、身体、財産の安全を確保するために必要な情報については、開示することにより得られる利益を考慮して、例外的に非開示情報としないと定められています。
貴市でも同様の規定があるところ、御質問の事案について、生徒Bが生徒Aに遭遇すると、生徒Bの心身に重大な影響が生じるおそれが高く、これを避ける必要があるような場合には、生徒Aの在籍高校名は、生徒Bの生命、身体、財産の安全を確保するために開示が必要な情報であると考えられます。
3 令和5年度以降について
令和5年4月1日以降、各自治体には、改正個人情報保護法(以下「改正法」)が適用されます。そのため、自治体の有する個人情報の外部提供及び自己情報開示請求は、改正法の規定に従って判断されることになります。
改正法でも、「法令に基づく場合を除き」、利用目的以外に個人情報を利用・提供してはならないと定められています(第69条第1項)。そして同項でいう「法令に基づく場合」とは、法令に基づく情報提供が義務付けられている場合のみならず、法令に情報提供の根拠規定が置かれている場合も含むと解されるとされています(個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(行政機関等編)」令和4年1月(令和4年4月一部改正)(以下「ガイドライン」)29頁)。
ガイドラインでは「法令」の具体例に法第28条第2項は挙げられていないため、今後の個人情報保護委員会の見解を注視する必要がありますが、仮に「法令」に該当する場合でも、「実際に利用及び提供をすることの適否については、それぞれの法令の趣旨に沿って適切に判断される必要がある」とされている(ガイドライン29頁)こと、改正法でも、自己情報の開示請求があった場合には、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、開示することが必要であると認められる情報は、開示請求者以外の個人の情報であっても開示の対象となると規定されている(改正法第78条第1項第2号ロ)ことからすると、改正法適用下においても、前記2の議論が妥当するものと考えられます。なお、個別の事案について、個人情報保護委員会が「技術的な助言」(改正法第166条)を行うのかは、現時点では明らかではありません。
 

○いじめ防止対策推進法
第28条 略
2 学校の設置者又はその設置する学校は、前項の規定による調査を行ったときは、当該調査に係るいじめを受けた児童等及びその保護者に対し、当該調査に係る重大事態の事実関係等その他の必要な情報を適切に提供するものとする。
3 略