受給した福祉手当を遡って辞退したいとの届出に対する対応
当市では、一定の疾病を有する方に対して、月額1万円の難病者福祉手当(以下「本手当」といいます。)を支給しています。
令和4年11月より本手当の受給を開始したある受給者は、介護保険の被保険者でもあり、介護保険限度額認定を受けています。当該受給者から、雑所得となる本手当を受給したことに伴う所得の増加により、介護保険負担限度額認定の次回更新時に、区分が一段階上がってしまい介護サービスの自己負担額が大幅に増加してしまう見込みであるため、令和5年1月に遡って本手当の受給を辞退し、現在(令和6年2月1日)までに受給した手当を返還したいとして、辞退日を「令和4年12月31日」、届出日を「令和6年2月1日」と記載した辞退届が提出されました。
このような辞退を認め、遡って受給資格喪失処分や既支給分の返還請求を行うべきでしょうか。
※介護保険限度額認定
介護保険の被保険者等が、施設サービスや短期入所サービスを受けた際に、利用者負担分(1割~3割)とは別に自己負担すべき居住費及び食費について、世帯の課税状況、本人の所得及び本人等の資産状況に応じて、負担軽減のため段階的に定められた自己負担限度額の区分を、申請に基づき市町村が認定する制度。限度額を超えた部分は「特定入所者介護サービス費」として介護保険から支給を受けることができる。
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当市の難病者福祉手当条例(抜粋)は、以下の通りです。
(支給要件)
第2条 手当は、A市の区域内に住所を有する者であって、別表に定める疾病を有すると認められる者(この条例において「難病者」という。)に支給する。
(受給資格の認定)
第4条 手当の支給を受けようとする者は、市長に申請し、受給資格の認定(以下「認定」という。)を受けなければならない。
(支給期間)
第5条 手当は、認定の申請をした日の属する月から受給資格を喪失した日の属する月まで支給する。
(受給資格の喪失)
第8条 受給者は、次の各号のいずれかに該当するときは、受給資格を喪失する。
(1)死亡したとき。
(2)第2条に規定する支給要件を備えなくなったとき。
(3)手当の受給を辞退したとき。
(届出)
第9条 認定を受けた者(以下「受給者」という。)は、次の各号のいずれかに該当するときは、速やかに、その旨を市長に届け出なければならない。
(1)第8条第2号第3号に該当するとき。
(結論)
辞退日を届出日と同日にするよう補正を依頼し、仮に受給者がこれに応じなかった場合も、遡ることなく辞退の届出日をもって資格喪失日と見て資格喪失処分をするべきと考えます。
(理由)
1 辞退日を届出日と同日にする理由
本条例は、支給について認定請求主義(非遡及主義)をとっており(第5条)、また、受給資格喪失事由として「手当の受給を辞退したとき。」(第8条第3号)を定めています。
また、「手当の受給を辞退するとき。」は、速やかに、その旨を市長に届け出なければならないと定めています(第9条第1号、第8条第3号)。
「辞退したとき」とは、辞退する旨の意思表示(届出)を行った時を指していると読むのが文理解釈として自然であること、死亡や転出といった他の資格喪失事由と異なり、辞退に関しては受給者の意思表示のみによってその時期が定まるところ、辞退日を届出の時点で受給者が過去の任意の時期に遡らせることができると見ると法的安定性を欠くこと、辞退時も速やかな届出を求めていること等からすると、資格喪失日である辞退日を届出日より過去の日に遡って届け出ることは想定されていないと見るのが合理的です。
よって、御質問の事案については、まずは辞退日を届出日と同日にするよう補正を依頼し、仮に受給者がこれに応じなかった場合でも、遡ることなく辞退の届出日をもって資格喪失日と見て資格喪失処分をするべきと考えます。
2 資格認定申請の取下げ、資格認定処分の職権取消処分はできるか
では、仮に受給者が、資格認定当初分から全て手当を返還するのでもよいと言ってきた場合に、資格認定申請を取り下げてもらうことや、資格喪失処分ではなく当初の資格認定処分の職権取消処分を行うことはできるでしょうか。まず、既に資格認定処分及び手当給付がされている以上、受給者による資格認定申請の取下げを認めることはできません。
また、手当の受給に係る資格認定といった授益的処分については、成立当初から瑕疵がある場合には、法律による行政の原理から職権取消を検討することとなり、受益者の負担や法的安定性の観点から、取り消す場合と取り消さない場合の不利益を考慮して職権取消しを行うか否か決定することになります。
御質問の事案では、そもそも処分成立時には処分に何らの違法も不当もなかったのですから、職権取消しはできないものと考えます。
3 手当受給による自己負担額増加の可能性と市の事前説明について
なお、介護保険限度額認定が所得等に応じて行われるものであることから、本手当の受給により介護保険負担限度額認定の区分が一段階上がってしまい、介護サービスの自己負担額が大幅に増加する可能性があることについて、資格認定申請時に、行政側から指摘し、あるいは受給しないほうがよい旨の助言等をすべきだったと当該受給者から主張されるかもしれません。
しかし、所得には当該手当以外の収入等も含まれるものであること、資格認定申請時にはその年の正確な所得額は未確定であること、当該手当自体の情報提供にとどまらず、当該手当を受給することによる所得の増加に伴い発生する可能性のある不利益について、事前に全て説明することは不可能であることからすると、そのような指摘や助言等の義務まであったとまでは言えないものと考えます。